今日(2004年9月19日)は、昨日に引き続き鴻巣駅から熊谷駅まで歩く。晴れたり曇ったりの天気だが、日差しは結構きつい。結局この日は30度を越え、東京地方は真夏日が67日目となり、これまでのタイ記録となった日だった。
鴻巣駅〜御成橋〜糠田橋〜武蔵水路・荒川合流点〜大芦橋〜久下橋〜荒川大橋〜熊谷駅      約 19Km
元の遊歩道(農道)に戻り、先を続ける。この辺は広い稲田が広がり、稲穂が重そうに頭を垂れている。稲田が途切れると草地が広がり、大きな機械で草を刈り取っていた。他の場所でも見られたが、おそらく牛の飼料にするものだろう。やがて、遠くに見えていた糠田橋が近づいてくる。
糠田橋
牧草を機械で刈取っていた
広い稲田が続いている
やがて道は土手の上に出、前方に大きな水門が見えてくる。武蔵水路の水門である。武蔵水路は利根川の水を荒川に導水する水路で、この付近で荒川と合流する。土手を下りると、水路沿いに道があり、荒川との合流点まで歩いてゆける。
水路の脇には道があり、合流点まで行ける
武蔵水路 (水路にかかる橋から水門を望む)
水路沿いの道を少し行けば、荒川との合流点に達する。白いしぶきを上げて荒川に流れ込む様は豪快だ。写真手前が武蔵水路で、二手に分かれて荒川に流れ込んでいるが、、どちらが本流か分からないくらいの水量がある。下流を見れば、二つの川が渾然一体となって荒川として流れてゆく。
道は、また堤防上を進む。少し先に海まで66Kmの標識が立っていた。この辺の河川敷は、小型飛行機の発着場になっている。昨日見たホンダエアポートよりももっと小型の飛行機が発着している。エンジンの音がしたなと思ったら、ほとんど滑走せずにすぐに飛び立ってしまう。見たところ、重量を極限まで減らした構造のように見えた。

飛び立ったばかりの軽飛行機
軽飛行機の発着場
堤防上の道 (海から66Kmの標識)
やがて、前方に整備されたグラウンドと屋内体育施設が見えてくる。「コスモアリーナふきあげ」といい、吹上市の施設である。ここにはトイレや水飲み場もあるので、もし、水分が切れていたらここで補給しておこう。
この施設の前から、河川敷に降りてゆく道がある。この道を降りてゆくと、コスモスが一面に咲いたお花畑が広がっている。バックには赤い水管橋が長く続いており、なかなか絵になる光景である。10月になれば、もっとコスモスの数も増えるのではないかな。
また堤防上の道に戻り、先に進む。水管橋が近づき、それを通り過ぎると今度は大芦橋が見えてくる。水管橋というのは大きな川では時々見られるが、水道管専用の橋である。大芦橋はまっすぐに行けば吹上駅の近くに出るようだ。

さらに堤防上の道を進む。日差しが強いと、川辺の道は日陰がないので暑い。歩き始める前に500mlのペットボトル3本を買っておいたのだが、残り少なくなった。どこかで補給しないと脱水症になってしまう。少々心配になりながら進んでゆくと、右手に公園が見えてきた。「荒川パノラマ公園」である。ここには水飲み場、東屋、飲料水の自動販売機、トイレなどがある。歩いているとこういう施設は本当に助かる。川辺のオアシスだ。ちょうど12時を少し過ぎたところだったので、ここの東屋で昼食にした。

昼食もすませ、水分も補給して元気に歩き始める。しばらくすると、堤防の上に「決壊の碑」というのが見えてくる。昭和22年9月のカスリーン台風による洪水のため、この地点で濁流が堤防を越え決壊したという。流れ出した洪水は、おりしも利根川の決壊した濁流と合流し、はるか東京まで達し、多くの人命を奪うとともに付近一帯に甚大な被害を与えた。現在、付近は整備され、堤防近くまで人家が建ち並んでいるが、昭和57年の洪水の時には水位が堤防の天端近くまで達したということで、現在でも全体的な河川改修が続けられている。

カスリーン台風(昭和22年)時の洪水域 (説明板より)
現在地
荒川洪水域
利根川洪水域
「決壊の碑」が立っている場所
やがて、前方に大きな橋が見えてきた。あれ、こんなところに大きな橋があったっけ?例の散策絵図を見ても、冠水橋の小さな「久下橋」のある辺りで、こんな大きな橋は載っていない。確認のため橋に上って歩いてみた。まず、「平成15年6月竣工」というきれいな表示板があった。しかし、橋の名前はどこにも書いてない。仕方ないので、長大な橋を向こう岸まで渡ることにした。橋の上から荒川の上流方向を眺めた。確かこの付近には冠水橋の久下橋があったはずだが見えない。ようやく、対岸に着いて橋の名前を見ると「久下橋」となっている。ふーん、そうすると今までの「久下橋」は・・・?疑問をもちながら新しい「久下橋」を後にした。
やはり、というかなんというか。少し行くと「久下の渡し 冠水橋跡」の真新しい碑が建ち、懐かしい久下橋はなくなっていた!そばに説明板が立っている。「ここに『思いやり橋』と呼ばれた久下冠水橋がありました。春は菜の花、秋にはススキを見ながら、人も自転車も車ものどかに渡りました。車1台やっと通れる橋。車は対岸を確かめ、あうんの呼吸で渡りました。」とある。参考までに、ありし日の久下冠水橋の写真を掲載します。これは、2001年6月30日に中山道歩き旅のときに私が撮影したものです。

橋の上から荒川上流を望む。付近に冠水橋の「久下橋」があったのだが・・・
平成15年6月に竣工したばかりの「久下橋」
前方に見慣れない大きな橋が見えてきた
少々ノスタルジックな気分になりながら先を続ける。しばらくすると、広い荒川運動公園が見えてくる。その先には見覚えのある荒川大橋が見える。熊谷駅には荒川公園に着いたところで右に曲がってまっすぐ行けば近いのだが、私は橋まで歩き、橋の真中から荒川を眺めた。荒川は橋の近くで大きく幅を広げ、また狭くなってずっと続いている。橋からまっすぐに歩いて行くと線路にぶつかるので、東京方面に少し戻ればJR熊谷駅である。

荒川大橋から下流方面を望む
荒川運動公園と荒川大橋
トイレ、飲料水の自動販売機もある
荒川パノラマ公園。水飲み場、東屋がある。
大芦橋
水管橋
コスモスのアップ
コスモアリーナの下のコスモス畑 
(バックは水管橋)
合流点から下流側を望む (後方は糠田橋)
武蔵水路と荒川の合流点 (手前が武蔵水路)
鴻巣駅から10分くらいで御成橋に着くので、河川敷の遊歩道(農道)に下りる。この道を少し歩くと、左に曲がる細い道があり、これを行くと小さな橋がかかっている。冠水橋の滝馬室橋である。この橋は今までの中でももっとも小さく、車1台がようやく通れるほどの道幅である。この橋の上流側には、出水時に橋を守るため、大きな鋼管の柱が3本建てられていた。さしずめ現代版の「大聖牛」(甲州で発達した治水工法の一つ)といったところか。
荒川を歩く6
      ありし日の久下冠水橋 (2001.6.30撮影)
幅2.7m、長さ282.4m。4種類44本の橋桁。昭和30年に架設され、48年間、地元の生活道路として利用されてきた。平成15年6月の新久下橋の完成とともにその役目を終えた
「久下の渡し 冠水橋跡」 碑
滝馬室橋から御成橋方面を望む
滝馬室橋 (車が1台ようやく通れる)
今日のコースも見どころはいろいろある。まずは武蔵水路。前々回に記したように、利根川の水を荒川に導水する、東京都民にとっては大変重要な施設である。荒川との合流の様子はダイナミックで頼もしさを感じた。今の時期はちょうど水量が多い時期なのかもしれない。次に、水管橋をバックにしたコスモス畑。これは今の時期でないと見られないが、花の数がもっと増える10月頃はなおすばらしい?

今回のコースで、歩く前から気になっていたことが一つあった。それは久下橋のことである。前回(2001.6.30)歩いたときに、確かに近くで大きな橋の工事をやっていた。この橋が完成したら冠水橋のほうはどうなるんだろうとひそかに思っていたのだが、今回、その結果を確かめることになってしまった。老朽化していたのだから当然かもしれないが、なんとなく残念である。


 


見どころなど