順番 歩いたコース(最寄駅) 距離 歩いた時期
@ 河口(葛西臨海公園)〜葛西橋〜平井(総武線) 約12Km 03.9.6
(99.3.28)
A 赤羽(埼京線)〜平井 約16Km 03.10.19
( 99.4.4)
B 赤羽〜西浦和(武蔵野線) 約17Km 04.3.28
(99.4.14)
番外 田島ヶ原(サクラソウ自生地見学)〜彩湖 - 04.4.17
C 西浦和〜指扇(川越線) 約15Km 04.4.17
(99.4.30)
D 指扇〜鴻巣(高崎線) 約17Km 04.9.18
(99.5.8)
E 鴻巣〜熊谷(高崎線) 約19Km 04.9.19
(99.5.15)
F 熊谷〜鉢形(東武東上線) 約17Km 04.10.2
(99.5.22)
G 鉢形〜寄居 約6Km 04.10.17
H 寄居〜長瀞(秩父鉄道) 約16Km 04.11.7
(99.5.29)
I 長瀞〜秩父(西武鉄道) 約16Km 04.11.23
(99.6.5)
J 秩父〜三峰口(秩父鉄道) 約14Km 04.12.23
(99.6.12)
K 三峰口〜秩父湖〜川又 約20Km 05.9.23
(99.7.19)
L 川又〜雁坂峠〜甲武信岳荒川源流点 約12Km 05.11.3〜5
歩いたコース

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荒川は、奥秩父の主峰甲武信ヶ岳(2475m)に源を発し、奥秩父全域の水を集めて、秩父盆地、長瀞を経て、寄居町で関東平野に出る。その後、熊谷市久下で流路を南東に変え、大宮、川越両市の間で入間川を合わせ、戸田市付近で東に転じて埼玉県と東京との境をなす。東京都北区の岩淵水門で隅田川と荒川に分かれ東京湾に注ぐ。延長173Kmの関東第2の大河川である。
江戸時代以前は、熊谷付近から、さらに東に向かい、現在の元荒川筋を流れて利根川に合流していた。1629年(寛永6年)、当時の関東郡代伊奈忠治が、ほぼ現在の流路を作り上げた。
1910年(明治43年)の大洪水を契機に、岩淵水門で本流を荒川放水路として分流する工事が行われた。1912年(大正2年)に着工し、1930年(昭和5年)に完成した大工事であった。現在では、この荒川放水路が荒川と呼ばれている。
荒川のプロフィール

荒川を歩く
私は荒川をこれまでに2回、通しで歩いています。第1回目は1999年3月から7月にかけてで、このときは河口から秩父まで歩きました。その後、このホームページを作るにあたって、当時の記憶がはっきりしない部分が多々あったので、2003年9月から再び同じコースを歩きました。このときはできるだけ荒川の四季を見るように心がけ、最後に紅葉の雁坂峠を越え、甲武信岳直下の源流点まで到達したのは2005年11月でした。この間、「荒川クリーンエイド」、「秩父夜祭見物」などのイベントにも参加し、荒川とのかかわりがより深まったような気がしています。

「荒川クリーンエイド2003」参加 :2003年10月19日岩淵水門付近にて清掃ボランティア

「荒川クリーンエイド2004」参加 :2004年10月17日。前年と同じ場所で、同じ作業

「秩父夜祭」見物 :2004年12月3日。祭りの見物記。予想したほどではないが寒かった