ドイツ・オーストリア旅行記

リューデスハイムに向かうバスの車窓より
道路と並行して鉄道線路があり、その先にライン河が流れている

フランクフルトのホテル前の様子
フランクフルトでは町の中心部に出なかったので写真は少ない

リューデスハイムからライン河クルーズのあとハイデルベルクへ

フランクフルトからリューデスハイムへ
フランクフルトのホテルを8時頃出発した。ホテルはフランクフルト南の郊外にあり、そこからすぐにリューデスハイムに向かうので、フランクフルトの中心部は通らなかった。
フランクフルトは、ドイツの金融商業の中心都市として、またゲーテの生まれ育った町として有名だが、今回の旅では町の中心部を観光することはできなかった。ただ、昨日の飛行機からはマイン川のほとりに広がる大きな町だということは分かった。

リューデスハイムの町並み
ライン河に沿って道路と鉄道が走り、町は道路に沿って細長く続いている。ライン川沿いの町は皆似たような形である、

リューデスハイム 「つぐみ横丁」
大通りから狭い横丁に入るとワインショップやレストランなどが建ち並び、観光客でにぎわっている

リューデスハイム
フランクフルトのホテルから1時間ほどでリューデスハイムに着いた。バスから降りて、まずワインショップやレストランなどが建ち並ぶ狭い横丁に入った。ガイドブックによるとここは「つぐみ横丁(ドロッセルガッセ)」という場所で、いつも観光客でにぎわっているという。リューデスハイムはドイツ有数の白ワインの産地として知られており、我々もまず旅行会社提携のワインセラーに案内された。ここで、貴腐ワインという日本でも高価なワインを試飲したが、かなり甘かった。このあと食事のときにも何回か白ワインを飲んだが、一般的にドイツの白ワインは甘いように感じた。
リューデスハイムはまた、ライン河下りの発着場として多くの人に利用されている。ライン河はここの少し上流辺りから両岸に丘陵地帯が迫り、丘の上には大小の古城などが姿を見せ、ライン河流域でも屈指の人気スポットとなっている。我々もここから船に乗り、下流のサンクト・ゴアールまで約2時間のクルーズを楽しむことになっている。

リューデスハイムの港を離れる
9時20分いよいよクルーズのスタートである。ライン河下りはここから出発することが多く、港にはいくつもの大きな船が停泊している

ブドウ畑とニーダーヴァルト記念碑
この付近のライン河右岸は南向きの斜面でブドウ畑が多い。丘の上(写真左端)にニーダーヴァルト記念碑があるが、ここからのライン河の眺めがよいことで知られているという

ライン河下りクルーズ : リューデスハイム(右岸)付近
ワインセラーを出たあと船に乗り込み、いよいよクルーズのスタートである。船はかなり大きなもので、我々は最上階のデッキに椅子を並べて、川風に吹かれながら景色を眺めた。天気は快晴で、寒くもなく、暑くもない最高の日よりである。リューデスハイムからは日本人の団体客が3グループ、100人近く乗船し、外国人では一番多いようだ。
船は少し上流に向かって進んだ後、向きを変えて下流に向かって航行する。私は、はじめ椅子に腰掛けて眺めていたが、右に左に次々に見どころが現れるので、席を離れ一番前の移動しやすい所に陣取って写真をとることにした。リューデスハイムの町並みが途切れると、川のすぐ近くまでぶどう畑が迫ってくる。

ネズミ塔 (左岸近くの中洲
通行する船の見張りと税の取立てのために10世紀に建てられた。強欲な大司教がこの塔の中でネズミに食い殺されたという伝説が残っている

エーレンフェルス城 (右岸)
右岸の斜面の上に建つ城で、かつては関銭取立て所にもなっていた。この付近でライン河は大きく右に曲がる

ビンゲン港 (左岸)
リューデスハイムから最初に立ち寄る港である。ここから乗船する観光客も多い

ライン河クルーズ : ビンゲン(左岸)付近
リューデスハイムを出てから20分ほどで船はライン河対岸の町ビンゲンに着く。ここからもたくさんの観光客が乗り込んでくる。ビンゲンを出るとライン河は大きく右に曲がり、峡谷に入ってゆく。この辺りは昔は暗礁が多く、難所だったという。この難所をはさんで、右岸の急斜面上に見えてくるのが廃城のエーレンフェルス城、左岸の川べりに見える白い小さな塔がネズミ塔である。どちらもマインツ大司教の持ち城で、ライン河とその両岸に通じている街道をがっちりとおさえ、ここを通るすべての船、馬車、旅人などから通行税を取り立てたという。

ゾーンエック城
11世紀に築かれ、盗賊騎士の拠点となったので破壊された後1253年マインツ大司教の持ち城となった

ライヒェンシュタイン城
11世紀頃に築かれ、いわゆる盗賊騎士の拠点になっていたので相次いで破壊され、廃墟となっていた。現在はホテル・レストランとなっている

ラインシュタイン城
900年頃に築かれ、税の取立て所として使われたのち廃城となったが、19世紀にプロイセン公が再建。別荘となり現在は元オペラ歌手が住むという

ライン河クルーズ : アスマンスハウゼン(右岸)を経て左岸の古城群を望みながら進む
ビンゲンの後、船は右岸のアスマンスハウゼンに寄港する。近くには、かつて難所だったという岩礁の名残も見える。ここでも観光客を乗せてすぐに出発する。ここから先の左岸には険しい丘の上に次々と古城が現れる。まず最初がラインシュタイン城。900年頃に築かれ、990年にはマインツ大司教の城となり、税の取立て所として使われた後は廃城となっていた。続いてライヒェンシュタイン城が現れる。これは11世紀頃に築かれたが、盗賊騎士の巣窟となったので破壊され、廃墟となっていた。現在は、ホテル・レストランと博物館になっているという。さらにその近くにゾーンエック城が現れる。この城も盗賊騎士の巣窟となっていた。

バッハラッハを出た後の船内の様子
バッハラッハからの乗船者が多く、デッキの上もだいぶ混雑してきた。外国人としては日本人が一番多いようだ

バッハラッハの町の様子
右の白くて高い塔は聖ペトロ教会で、1100年にできた。山上にあるのはシュターレック城で、12世紀のはじめに築かれ、17世紀にフランス軍に破壊されたが1927年に復元された

ライン河クルーズ : バッハラッハ(左岸)付近
左岸の古城群を過ぎたあと、船は左岸のバッハラッハに寄港する。バッハラッハの町は見どころも多いようで、ここからの乗船客は大変多く船内もだいぶ混んできた。中国、韓国、インド系の人たちも目につくようになった。船内のガイド放送も英語、ドイツ語、日本語、中国語などで行われている。(音量が小さくてよく聞こえなかったが)
バッハラッハの町に、船着場のすぐ近くに鉄道の駅があるようで列車が止まっているのが見えた。すぐ近くに大きな教会の塔が見え、山の上には城が建っている。山上の城はシュターレック城で12世紀に築かれたものである。修復され、現在城の一部はユースホステルになっているという。

オーバーヴェーゼルの町の様子
町は城壁に囲まれていた。城壁はあまり残っていないが円筒形の塔が川辺に残されている

シェーンブルク城
丘の上に建つ美しい城。戦で破壊されたが17世紀に修復され、現在はホテルとして使用されている

ライン河クルーズ : オーバーヴェーゼル(左岸)付近
バッハラッハを出てしばらくすると左岸の丘の上に大きな城が見えてくる。シェーンブルク城である。シェーンブルクとは「美しい城」という意味だという。この城も17世紀には破壊されたが、その後できるだけ元の姿を残す形で修復された。現在はホテルとして使われているが、客室のすべてが本来の城の中にあり、ライン周辺の古城ホテルの中では貴重な存在だという。
やがてオーバーヴェーゼルの町が近づいてくる。この町には河畔に高い円筒形の建物が残っている。これは町を守る城壁と砦の跡で、川や街道を見張るとともに関銭を徴収したという。船はこの町に寄港する。

ローレライ先端付近から右岸を望む
ローレライ付近は屈曲が多く、船の前方に右岸のサンクト・ゴアルスハウゼンの町が見える。丘の上の城はネコ城

ローレライ
ほとんど垂直に近い絶壁が川面から132mの高さまでそそり立っている。この辺りの川幅は狭まり、岩礁も多く難所だったのでローレライの伝説が生まれた

ライン河クルーズ : ローレライ(右岸)
オーバーヴェーゼルを出てから5分くらいすると、ライン河の真中に突き出すような大きな岩山が見えてくる。この岩山の突端がローレライである。この辺のライン河は川幅が100mくらいまで狭まって激流をなしている。船で通るにはただでさえ難所なのに岩の暗礁群が水の中に潜んでおり、特に夕日で波間がきらめいたりすると操船を誤ることもあり、船乗り達は恐れた。このような状況からローレライの伝説が生まれた。私は、川辺にローレライの像が立っているのかと想像していたが、川辺ではなく岩山の頂上にあるということで見ることはできなかった。
ローレライの岩壁を通り過ぎると、右岸には町の教会の白い塔と丘の上の城が見えてくる。これはサンクト・ゴアルスハウゼンの町で丘の上の城はネコ城である。船はこのあと左岸のサンクト・ゴアールに寄港した後、右岸のサンクト・ゴアールスハウゼンに向かう。

サンクト・ゴアール港下船風景
日本人のツアー客はすべてここで下船した。バックは我々の乗ってきた船

サンクト・ゴアールの町
この町の名は宣教師ゴアーの名にちなむという。このような歴史から小さな田舎町の割には教会の規模が大きいようだ

ライン河クルーズ : サンクト・ゴアール(左岸)にて下船 
やがて、船内に日本語で「○○旅行会社の方は次のサンクト・ゴアールでお降り下さい」というアナウンスが流れた。各旅行会社の日本人グループの乗客はすべて次のサンクト・ゴアールで下船するようだ。日本人客だけでなく多くの乗客もここで下船するらしく、船内はざわざわしはじめた。
船はこの先、ボンあるいはコブレンツまで行くが、ローレライを過ぎたあと左岸の旅行を続ける人はここサンクト・ゴアールで、右岸の旅行を続ける人は次のサンクト・ゴアルスハウゼンで降りることが多いようだ。ここまで2時間近く川を下ってきたが、この間に橋は1本も架かっていなかった。まだしばらく橋はないので、左岸に降りるか右岸に降りるかは大きな問題なのだ。
サンクト・ゴアールで半分近くの人が降りただろう。さすがに停船時間も長かった。バスはどこの橋を渡ってきたのか分からないが既に到着し、我々を待っている。

サンクト・ゴアールからハイデルベルクへ
我々はすぐにバスに乗り込み、次の目的地ハイデルベルクに向かう。バスはライン河の左岸を遡る形で走る。窓からしばらくの間、ライン河の様子が見え隠れする。そのうちバスの快い振動に誘われて眠気に襲われた。やはり昨日の睡眠不足もあったのだろう。ほとんどの人が眠っていたようだ。気がついた時には、バスはもうハイデルベルクの町の中を走っていた。サンクト・ゴアールからハイデルベルクまでは約2時間かかる。


ハイデルベルク

ハイデルベルクは1389年にドイツではじめての大学が設立されて以来、学生街として親しまれてきた。この町にはゲーテやショパンをはじめ多くの詩人や芸術家が訪れ、その美しさを称える多くの芸術作品を生み出した。
ハイデルベルクに着いたのは13:30頃。まずはレストランに入り昼食をとる。昼食後、バスで高台にあるハイデルベルク城に登る。城は13世紀に築かれたあと歴代の城主が改築を繰り返し、様々な建築様式をもつ建築集合体となったが、たびかさなる戦乱で廃墟となった。奥のテラスからは古い市街の眺めが大変よい。

ハイデルベルク城から旧市街を望む
中央の高い塔が聖霊教会、その隣の白い建物が市庁舎、さらに左の方にハイデルベルク大学の建物が見える.。中央右端にはネッカー川に架かるテオドール橋も見える

ハイデルベルク城
13世紀に創建されたあと改築が繰り返され、バロック、ルネサンスなど様々な建築様式の集合体になった。建物は廃墟となっているが、一部修復工事が行われていた

聖霊教会前の通り
ハウプト通りといい、付近にはカフェやみやげ物店も多く大変賑やかである。近くのみやげ物店でお買い物タイム

マルクト広場よりハイデルベルク城を望む
下から見上げると城の全貌が見える。廃墟ではあるが、いろいろな建築様式の集合体であることが分かる
ハイデルベルク城の見学をすませた後、再びバスで下に降り旧市街の見学をする。旧市街は第2次世界大戦の戦禍を逃れたということで、昔の面影をそのまま残している。ネッカー川に架かるテオドール橋、聖霊教会などを見て回ったが、どこも観光客であふれかえっている。続いてマルクト広場近くのみやげ物店に案内された。私は買い物よりももう少し市街を散策したいのだがあまり時間もないので、付近をうろうろするだけにとどめた。

古城街道のヒルシュホルンの町と古城
ドライバーはここで写真タイムをとってくれた。山の中腹にヒルシュホルン城が見える

ネッカー川に架かるテオドール橋
ハイデルベルクの旧市街から対岸に渡る橋である。古い橋で趣があるが旧市街側の一部で補修工事をしていた

ハイデルベルクから古城街道を行く
ハイデルベルク観光を終わり、またバスに乗って次に向かう。しばらくネッカー川に沿った道を進むが、この道は古城街道といわれるほど古城の多い道である。ハイデルベルクからニュルンベルクを経てプラハまで続くという。川沿いの小さな古城や教会などを車窓から眺めながらしばらく走って、ヒルシュホルンというところでドライバーが写真タイムをとってくれた。写真を撮ったあとまたすぐにバスに乗り込み先を続ける。この先にもいくつかの小さな城があった。また、車窓からは広々とした菜の花畑を何箇所も見ることができた。飛行機から見えた黄色いパッチワークは、まさにこの菜の花畑だったのだ。

バートメルゲントハイム
19時過ぎにホテルのあるバートメルゲントハイムに到着した。バスから見る町の様子は静かで落ち着いた町である。宿泊するホテルはパークホテルという名のとおり公園に接しており、部屋のベランダから広い林の広がる公園が見える。環境抜群のホテルである。夕食もホテルでとることができ、くつろいだ気持ちで周りの人たちとの話もはずんだ。22:30頃就寝したが、この日はぐっすりと眠ることができた。

車窓から見た菜の花畑
このような広々とした菜の花畑を車窓から何箇所も見ることができた。飛行機から見えた黄色いパッチワークの正体だ

ネッカー川沿いの小さな古城
バスの車窓から見えた城。ツヴィンゲンベルク城と私のメモにあるのがこれだろう

ホテル自室のベランダからの風景
ベストウェスタン プレミア パークホテルという名前のとおり、広い公園に接しており環境抜群である

バートメルゲントハイムの町の様子
小さな地方の町といった感じで、落ち着いた雰囲気である