ヴィース教会内部の様子
1754年に当時の高名な建築家ツィンマーマンによって完成した。内部はロココ様式のゴージャスなものである
祭壇の後に「鞭打たれるキリスト像」が安置されている.

ドイツ・オーストリア旅行記

ロマンティック街道を通って中世の町並みが残るローテンブルクへ、さらに世界遺産のヴィース教会を経てフュッセンへ

今日はバートメルゲントハイムからロマンティック街道を通ってまずローテンブルクへ行く。そこでの観光、昼食のあと再びロマンティック街道を通って世界遺産にもなっているヴィース教会に立ち寄り、フュッセンまで行く。


バートメルゲントハイム
バートメルゲントハイムのホテルはパークホテルという名のとおり大きな公園に接している。私たちは朝食を早めにすませ、出発までの間公園の中を少し散歩した。朝の光がさしこむ緑の公園には人の姿もなく、気持ちがよかった。散歩を終えホテルのロビーに戻るとメンバーはほぼ集まっており、8時頃にはホテルを出発した。

ホテルに隣接した公園
出発までのひととき公園の中を散歩した。朝日のさしこむ緑の公園は気持ちがよかった

プレミア・パークホテル
バートメルゲントハイムで宿泊したホテル。規模は大きくないが、静かで落ち着いた環境にある、よいホテルである

ロマンティック街道
今回の旅では、ライン河下りとともにロマンティック街道のドライブを楽しみにしていた。昔の面影が残っていろところは本当は歩きたいところだが、そうもいかないので、せめてバスの中からじっくりと眺めたい。幸なことに、この日はバスの最前列の席を指定された。車窓から風景を撮るには最適の席である。

ドイツ南部の中心部を南北に走るロマンティック街道の歴史は古く、紀元前のローマ時代に遡る。ローマ人がアルプス山脈を越えてゲルマン人の住む北方エリアに進出する際に敷いたクラウディア街道がその起源。かつて自由都市として栄えた街道沿いの町々は近世以降、産業から遠ざかり、中世以来の町並みが保存される結果となった。ヴェルツブルクからフュッセンまでの全長350Kmには、なだらかな丘陵、広大な牧場、のどかな田園、ゆるやかな小川やバイエルンアルプスの美しい山々などが広がる。(ガイドブックより)

バスは、ゆるやかな起伏のある田園地帯をのんびりと走る。かつては交通混雑した時期もあったらしいが、今では並行して高速道路や国道が通っているらしく、この街道にはあまり車は走っていない。バスは時折、小さな町を通り過ぎる。1時間ほどしてレッティンゲンという町を通過した。斜面に家が建ち並び、丘の上に教会が建っている。

レッティンゲンの町を通り過ぎる
街道沿いに時折小さな町が現れる。ここは、街道脇の看板からレッティンゲンの町とわかった。斜面に小さな家が建ち並び、丘の上に教会が見える

ロマンティック街道
街道沿いのなだらかな丘陵や田園風景。街道には車はあまり見られない。現在、この街道は観光用、地元の生活道路などとして利用されているようだ

ローテンブルク

9:20頃ローテンブルクに到着した。バスから降りると目の前に長い城壁が続いている。中世ヨーロッパの市街には必ずこのような城壁(市壁)が設けられていたが、現在ではほとんど取り払われている。ローテンブルクでは第二次世界大戦で破壊されたが、その後ほぼ完全に復元されたという。門をくぐって旧市街に入り、壁沿いに歩いて行くと見張り塔が建っている。この塔の脇に階段があり、そこを登ってゆくと壁上の通路に出る。この通路を自由に行き来し、矢狭間から敵を攻撃することができる。

城壁の矢狭間
ここから敵を狙い撃ちする

壁内通路の様子
階段を上ってゆくと通路があり、行き来できるようになっている。所々に攻撃用の矢狭間が設けられている

ローテンブルクの城壁
城壁がほぼ完全な形で残っている。見張り塔の脇に階段があり、上に登ることができる

旧市街に入り、中世の面影が色濃く残る町並みを進んでゆくと、マルクト広場に出る。正面の大きな建物は市庁舎である。16世紀初頭に火災にあい、火災を逃れた後背部は13世紀に建てられた当時のままのゴシック様式、広場に面した新しい部分はルネサンス様式というユニークな構造になっている。その向かいの建物にはマイスター・トゥルンク(市長の一気飲み)という伝説を題材にした仕掛け時計があり、時刻になるとコミカルに動く姿が見られる。

マルクト広場の様子をざっと眺めたあと、皆でブルク公園まで歩く。12世紀にこの場所に城が築かれ、それが元になってローテンブルク(「赤い城」の意味)の街が発展した。城自体はその後の地震で崩壊してしまったが、城跡が公園となっている。公園はタウバー川を見下ろす高台にあり、ここからの眺めは大変よい。ここで記念写真を撮ったあと、マルクト広場近くの土産物屋に案内され、それ以降は自由行動時間となる。

市庁舎の向かいに建つ市議会員宴会館
この建物の仕掛け時計は、時刻になると将軍と市長が現れ、市長がワインを一気に飲み干す場面を演じる

マルクト広場と市庁舎
広場の正面に大きな市庁舎が建つ。火災に遭ったため広場に面した側がルネサンス様式、焼け残った後背部がゴシック様式の建物となっている

マイスター・トゥルンク祭り (Historisches Festspiel Der Meistertrunk)
広場に戻る途中で、添乗員さんが少々興奮気味に教えてくれた。「今日はローテンブルクのマイスター・トゥルンクというお祭です。私は何回もローテンブルクに来ていますけど、このお祭に出あうのははじめてです。皆さんラッキーですよ」と。今日が祭の日ということは添乗員さんも事前には知らなかったらしい。街に入ったときから、昔の民族衣装を着た人が多いなとは思っていたのだが、これでその理由がわかった。人々はお祭で着飾っていたのだ。

マイスター・トゥルンク (大酒飲みで街を救った市長)
数ある祭りの中でいちばん有名なのはローテンブルクの「マイスター・トゥルンク」だろう。17世紀の30年戦争の際にここを占領した将軍が、抵抗した市参事会員たちの首をはねようとした。ところが、フランケン・ワインをすすめられていい気持ちになった将軍が、大ジョッキを手に「このワインを飲み干せる者がいれば斬首は許してやる」といった。そこで年老いた市長がなんと3リットルあまりのワインを一気に飲み干し、議員達は刑を免れた。こうして市長は英雄となり、街をあげての盛大な祭りに発展した。(ガイドブックより)


広場に戻ると、広場の人たちはみんな晴れやかな顔でウキウキしているように見える。そのような中で、小さな女の子たちが肩から小さなバッグを下げて何かを売っているのが見えた。「この子たちは祭りのバッジを売っています。その収益は祭りの費用の足しにするそうです」と添乗員さんが説明してくれたので、妻も記念に一つ買った。
そのうち、公園のほうで大きなドンという音が聞こえた。あわてて駆けつけてみると、道の真中で大砲を撃っている。いま買い求めたバッジに描いてある光景だ。30年戦争当時の様子を再現しているのだろう。

ベルク公園(城跡)からの眺め
眼下にはタウバー川が渓谷をなしており、その向こうには城壁に囲まれた旧市街を望むことができる

ベルク公園
ローテンブルクの旧市街のはずれにある公園。かつてはこの場所にお城があり、それが元になってローテンブルク(赤い城)の街が発展した

バッジ売りの少女と記念撮影
バッジ売りの少女にカメラを向けたら気軽に応じてくれた

マルクト広場のバッジ売りの少女
広場に集まる観光客に祭りの記念バッジを売る少女。バッジを売った収益は祭りの費用の足しにするのだという

道の真中で行われた大砲の空撃
30年戦争当時の様子を再現しているのだろう。右の記念バッジにも同じような様子が描かれている

祭りの記念バッジ
バッジ売りの少女から買った記念バッジ

そのあとも何人かの人に声をかけてスナップ写真を撮らせてもらったが、皆気軽に応じてくれた。やはり、お祭という雰囲気がお互いの垣根を取り外してくれたのだろう。すばらしい思い出になった。

背の高い民族衣装のおじさんと
ドイツには背の高い人が多いが、その中でも飛びぬけている。声をかけたら気軽に応じてくれた

大きなくるみ割り人形の前で
クリスマスミュージアムの前に大きなくるみ割り人形があり、その前で遊んでいた女の子と

民族衣装の男の子と
この子は皆さんに引っ張りだこだったが、気持ちよく応じていた

先ほど見た仕掛け時計が11時に動くので、少し前に行って時計を眺めた。11時になると時計の両側の窓が開いて、将軍と市長が現れた。小さくてよくは見えないのだが、右側の市長が何回か大ジョッキを傾けるしぐさをする。市長さんはこうやって現在も毎日大ジョッキのワインを飲みつづけているわけだ。仕掛け時計を見物したあと、聖ヤコブ教会を見学した。この教会の祭壇うしろの木彫りの彫刻とステンドグラスは見事なものだ。

地元の人とツアーメンバーとのスナップ2
騎馬の一団がちょうど一息ついており、我々の求めに応じてポーズをとってくれた

地元の人とツアーメンバーとのスナップ1
地元の人も我々も皆笑顔の一こまお祭ならではの光景だ

聖ヤコブ教会祭壇上の木彫りの彫刻
聖ヤコブ教会は街の主教会で、荘厳なゴシック洋式の建物内部には芸術品がいたるところに見られる。特に祭壇上の「最後の晩餐」の木彫りの彫刻は見事なものだ

仕掛け時計が動きはじめた
11時に仕掛け時計が動きはじめた。時計両側の扉が開き、将軍と市長が現れる。市長はワインの入った大きなジョッキを傾ける。時計の上の文字盤は日付を示している

教会を見学したあと、通りに出て街をぶらぶらしていると、ちょうど楽隊が通りかかった。騎馬行列も進んでくる。かなり長い行列で、今日見たイベントの中では最も大掛かりなものだ。このあと、11:45にはじめの土産物屋の前で全員集合し、中世の街並みを抜けて入ったときとは違う門から外に出た。ローテンブルクの皆さん、すばらしい思い出をありがとうございました。

騎馬隊といっしょに一休み
一休みしているときの皆さんの表情がいかにも楽しそうで、見ているほうも楽しくなってくる

通りを行く楽隊の行列
それぞれ民族衣装を着け、古い楽器で演奏しながら通りを練り歩いてゆく

城壁を外側から望む
午前中に街に入ったときの門とは違う。壁の外側は低くなり木が植えられているが、かつては濠になっていたのだろうか

ローテンブルクの街並み
マルクト広場から城壁に向かう通りの様子。中世の面影がそのまま残っている

旧市街から出た後、レストランで昼食となった。このときのメニューは大きなロールキャベツだった。一般的にドイツの料理はジャガイモ主体の料理が多く、あまり魅力的ではないが、このロールキャベツはおいしかった。その他、ドイツのパンは皮がパリパリして中がやわらかく、とてもおいしい。また、白ワインもやや甘くておいしい。昼食も終わり、またバスに乗り込みロマンティック街道のドライブを続ける。


ロマンティック街道を通ってネルトリンゲンへ
ロマンティック街道は広い平原をゆるくカーブを描きながら進んでゆく。遠くに低い丘陵は見えるが高い山は見られない。時々小さな集落を通り過ぎる。ヨーロッパでよく見られる典型的な風景である。車が少なく、のびのびと走れるのがこの街道のよいところだ。1時間くらい走ってバスはネルトリンゲンの街に着いた。この街も城壁に囲まれた旧市街がそのまま残っているようだが、我々は旧市街への寄り道はせず、バスで通り過ぎた。時間があれば寄ってみたいところだが、過密スケジュールなのでやむをえない。ガイドブックによると、この街は巨大な隕石の落下したあとにできた街だというが、バスの車窓からではそのような感じはつかめなかった。林越しに大きな教会の尖塔が見えたが、旧市街の中心に建っている聖ゲオルク教会のものらしい。ネルトリンゲンの街外れでバスは小休止した。

聖ゲオルク教会の尖塔
ネルトリンゲン旧市街の中心部に建つ聖ゲオルク教会の尖塔だろう。林の向こうに城壁があり、旧市街の中心にこの教会があるようだ

ネルトリンゲンの街並み
我々はバスで通過してしまったが、この街には城壁に囲まれた旧市街が残っている。写真は車窓からの城壁外の街並み

街道脇の菜の花畑と集落
街道沿いには菜の花畑が多く、風景に彩りを添える

ロマンティック街道風景
この辺りはいかにも昔の街道がそのまま残っているような感じだ。街道脇には小さな集落が点在する

ネルトリンゲンからドナウヴェルトへドナウ川に出あう
ネルトリンゲンを過ぎた後、しばらくすると道の様子が変わって車の通行も多くなりバスのスピードも速くなった。一般国道か高速道路に入ったのだろう。やがてドナウヴェルトの街を通過する。添乗員さんがもうすぐドナウ川を渡りますよというのでカメラを構えていたら、あっという間に通り過ぎてしまった。かろうじて撮った写真が下の一枚である。もっと大きな川を想像していたのだが、この辺りのドナウ川はまだほんの中河川といった感じだ。

ドナウ川
この辺りのドナウ川は、「え、これがあのドナウ河?」という感じである。あっという間に通り過ぎてしまった。何とか撮れた一枚

ドナウヴェルトの街
この辺りの道は一般国道か高速道路で、バスは街のそばをさっと通り過ぎてしまった

アウグスブルク、ランツベルクを経てヴィース教会へ
バスは高速道路を快調に飛ばし、アウグスブルクの街もあっという間に通過してしまった。ネルトリンゲンを出てから2時間近くたっているので、ランツベルクの街外れでトイレタイムとなった。ドイツには有料のトイレが多く、ここも有料だった。通常、トイレチップは50セントくらいで、人がいれば渡し、箱などが置いてあればその中に入れる。いかにもドイツらしいのはコインを入れると自動的に鍵が開くというのもある。ここを出発したあとバスは再びロマンティック街道を通り、ヴィース教会に向かう。ヴィース教会に近づくにつれてそれまで晴れていた空の雲行きが怪しくなり、とうとう大粒の雨が降り出した。

ヴィース教会付近の街道
ヴィース教会が近づくと、バスは再びロマンティック街道を走るようになる。遠くにはアルプスの山並みも見えてくる
雲行きが少し怪しくなってきた

アウグスブルク近辺の道路の様子
バスはロマンティック街道からそれて高速道路で時間を稼ぐ。アウグスブルクはあっという間に通過した
ミュンヘンが近いせいか交通量も多くなる

世界遺産、ヴィース教会
降りだした雨の中、バスはヴィース教会に着いた。広い野原の真中に教会がポツンと建っていて、周りには何もない。アルプスの山並みを近くに望むことができる。

教会周辺の様子
周辺は草原であり、アルプスの山並みが近くまで迫っている

ヴィース教会
「鞭打たれるキリスト像」を見るため多くの巡礼者が訪れるようになったので、像を安置するために1754年に完成した。現在では世界遺産となり、年間100万人もの人が訪れる

ヴィース教会は外から見るとシンプルな建物だが、教会の中に入るとその華麗な雰囲気にまずびっくりする。いわゆる「教会」のイメージではないのだ。内部の装飾はロココ様式のゴージャスなもので、一瞬、豪華な宮殿の一室にでも入ったかのような錯覚を覚える。
この教会は、当時の高名な建築家ツィンマーマン兄弟の手で1754年に完成した。大理石と化粧漆喰で構成された礼拝堂は自然光が巧妙に駆使され、天井には見事なフレスコ画が描かれている。

ヴィース教会からフュッセンへ
教会から出ると、もう雨は止んでいた。バスに乗り込み、ロマンティック街道をフュッセンに向けて走る。途中で添乗員さんから「遠くにノイシュバンシュタイン城とホーエンシュバンガウ城が見えてきますよ」といわれ、車窓から眺めていると確かにそれらしい城が見えてくる。今日は街道からちらりと眺めるだけで、このままフュッセンに向けて走りつづける。城の見学は明日のお楽しみだ。

バイエルンの野に起きた奇跡--ヴィース教会 (ガイドブックより)
この教会が有名になったのは、18世紀半ばにおきた「牧場の奇跡」から。現在、内陣奥の主祭壇に安置されている「鞭打たれるキリスト像」(右写真)は1730年に作られたのだが、その悲惨な姿のために飾られることなく修道院の屋根裏に放置されたままになっていた。それを哀れに思った農婦が像を譲り受け、数ヶ月の間熱心に祈りつづけた。そして1738年6月14日、奇跡が起きた。その日の夕方と翌朝、鞭打たれるキリスト像が涙を流したのだった。この話は瞬く間に広がって、近隣諸国からも多くの巡礼者がやってくるようになった。そのために建てられたのがヴィース教会だった。今では年間100万人が訪れる、世界遺産だ。

ホーエンシュバンガウ城遠望
ノイシュバンシュタイン城に近く、やや低い場所に建つ黄色いお城

ノイシュヴァンシュタイン城遠望
ロマンティック街道を走るバスの車窓からの遠望。山の中腹の高い場所に建っていることが分かる。遠くから見ても美しい姿で、メルヘンチックだ

フュッセン

フュッセンは海抜700mに位置し、ドイツで最も標高が高い都市として知られる。ロマンティック街道はこの街で終点となり、オーストリアとの国境にもほど近い。古くから山と湖に囲まれた保養地としてその名をはせていた。
バスは市街地を抜けて、18:30頃ホテル(ユーロパーク・インターナショナル)に到着した。ホテルはレッヒ川のすぐそばで、部屋の窓から川の流れが見える。日本の温泉保養地の感じだ。ただ、このホテルはシャワーのみでバスタブがなく、温泉気分は味わえないのが残念だ。ドイツの保養地のホテルではこのような形も多いのだという。夕食はグリルドポークだったが、これとは別に大きなカレーのなべがあり、そばに日本のご飯と茶碗、箸などもあり自由に食べられるようになっている。私も軽くご飯を盛った上にカレーをかけていただいたが、日本人好みのなかなかいける味だった。このホテル社長の奥さんは日本人で、大変な親日家だということだ。

ホテル部屋からの眺め
ホテルのすぐ前を大きな川が流れており、部屋からよく見える。日本の温泉保養地と似ている

フュッセンの街並み
フュッセンの街はバスで通り抜けただけなので、詳しい様子はわからない