イギリス旅行 第1日目

カンタベリー、ドーバー、ライを巡ってロンドンに戻る

この日はまず、イギリス国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂を訪れる。昔から巡礼地として知られ、「カンタベリー物語」の目的地としても有名である。その後、大陸との連絡港ドーバーに立ち寄り、かつての港町ライまで足をのばしてロンドンに戻る。


ロンドンからカンタベリーへ
ロンドン ヒースローのホテルを8時に出発した。バスはすぐに高速道路に入り、途中のトイレ休憩をはさみ、2時間ほどでカンタベリーに着いた。
イギリスの道路は日本と同じで、車は左側通行である。今までヨーロッパを旅してきたが、左側通行は初めてなので、新鮮に感じた。イギリスは島国なので、独特のルールを決めることが出来たのかもしれない。同じ大陸内で右だ、左だといっては運転者が混乱するだろう。また、イギリスの高速道路は、M40などのように頭にM(motorの略)がついていて分かりやすい。高速道路は1950年代から整備されはじめたというが、現在、一部の例外を除いてほとんど無料だという。イギリスは山地が少なく、日本ほど建設費はかからないだろうが、日本人としてはうらやましい話だ。これはドイツ、フランスなどでも同じだった。


カンタベリー大聖堂
カンタベリーには世界遺産となっているカンタベリー大聖堂がある。もとは597年に建てられたイギリス最初のキリスト教修道院だったが、その後大聖堂が建てられ、イギリスにおけるキリスト教の中心となった。ヘンリー八世による宗教改革によりイギリス国教会が成立すると、ヨークとともにその総本山となった。また、イギリス国王の戴冠式などをはじめとする王室関連の一連の国事は、カンタベリー大主教の職掌となっている。
大聖堂内にこの場所で殉教した大司教、トマス・ベケットの墓があり、これを目当てに巡礼者が多く集まるようになった。14世紀に書かれた「カンタベリー物語」は、たまたまロンドンの宿屋で同宿した29人の巡礼者が、一緒にカンタベリーに向かう途中、道すがらそれぞれの得意な話を皆に話して聞かせる、という構成になっている。話し手としては、騎士、修道院長、学僧、粉屋の主人、料理人、医者、弁護士など当時の様々の人々を登場させて興味深い話を展開している。私は、この人達がカンタベリーに着くまでの街道の様子や、カンタベリーに着いてからの町の様子などが書かれているかもしれないと思って、パラパラと頁をめくってみたが、そのようないわゆる道中記的な要素はまったくないようだ。また、この大作は作者チョーサーが一生涯を通して書き進めたものだが、カンタベリーに到着する前に終わっている。話し手もまだ残っているし、この作品が未完といわれるゆえんである。
私たちが大聖堂に入ったとき、聖堂内のメインのホールではカンタベリー大学の卒業式が行われており、卒業生の名前を読み上げているような声が聞こえた。時々、拍手や笑い声なども混じり、式の様子が目に浮かぶようだったが、ホール内は立入禁止で中をのぞくことは出来なかった。

カンタベリー大聖堂祭壇付近の様子
カンタベリー大司教であったトーマス・ベケットは時の国王と対立し、聖堂内で刺殺された。聖堂内には、その殉教の場、墓所などがある。ベケットの遺骨に不思議な治癒力があるという噂が広まり、巡礼者が多く訪れる聖地となった

カンタベリー大聖堂
597年にキリスト教の修道院が建てられたのがはじめ。その後、11〜15世紀に順次大聖堂の建物が建てられた。ゴシック様式で、建物の長さは250mあるという。世界遺産に指定

カンタベリー旧市街散策
聖堂を見学したあと、カンタベリーの市街を少し散策した。カンタベリーの町は聖堂を中心とした、いわゆる門前町である。古くから巡礼者で賑わっただけに、町の中にも名残の古い建物が多い。「ザ゙・サンホテル」という現役のホテルは、1503年に建てられたと看板に書いてあるし、「オールド・ウィーバーズ・ハウス」というレストランは15世紀に建てられた家を改造したものだという。なんとなく、さりげなく建っている建物もそれぞれに歴史ものなのだ。旧市街の西のはずれ、ウェストゲート付近まで歩き、近くのレストランで昼食となった。メニューは、フィッシュアンドチップス。イギリスの料理については、おいおい書いてゆきたいが、全般的に印象に残るものが少ない。

ドーバーへ
再びバスに乗り、ドーバーに向かう。ドーバーに近づくにつれて、ガイドさんが、「外国ナンバーの車が増えてきたでしょう」と教えてくれた。イギリス車のナンバープレートは、前が白で後ろは黄色に統一されているので、外国のナンバーかどうかはすぐに分かる。ドーバーはフランスとの距離が最も近い場所にある港である。フランスをはじめ大陸からの車は、フランスのカレーからの連絡船、あるいは近年開通した海峡トンネルを利用して、まず、このドーバーに上陸することになる。
バスはドーバー港の見える海岸に止まり、写真タイムを取ってくれた。イギリスの天気は一日のうちでもよく変わるのだが、このときはちょうどよく晴れて、青い空に海の色がきれいだった。少し先に港に停泊している白い大きな船が見える。港の背後には白い切り立った断崖が聳え立っている。浜辺に下りてみると、気持ちのよい砂浜で、日光浴をしている人がちらほら見える。晴れていれば対岸のフランスが見えるということだが、このときは遠くが霞んでいて残念ながら見ることはできなかった。
泳いでいる人も2,3人見えたが、7月とはいえまだ少し寒そうだ。イギリスの気候は夏でも日本よりはやや涼しく、真夏でも気温が30度を超えることはあまりないという。また、湿気が少ないので、日本より過ごしやすい。私も、今回の旅行で半袖のポロシャツを何枚か持って行ったのだが、一度も着ることがなかった。また、雨など降ると肌寒いこともあるので、夏でも重ね着できるものは持っていったほうがよい。

ザ・サンホテル
1503年に建てられたという現役のホテルである

メイン通りの様子
正面の家は「オールド・ウィーバーズ・ハウス」で、15世紀に建てられた家を改造したレストランである。この通りは観光客が多い

ウェストゲート
旧市街の西はずれにある門。旧市街は城壁に囲まれ、この門から市内に入った

ドーバーからライへ
ドーバーからかつての港町、ライに向かう。海沿いの道がしばらく続き、やがてなだらかな起伏のある牧草地にたくさんの羊が放牧されているのが見えてきた。これから先、イングランド内を走る車窓からはこのような風景がよく見られる。牛や馬の放牧もあるが、圧倒的に羊が多いようだ。さすが羊毛の国イギリスと、感心してしまった。
このあたりの道路標識は頭に”A”がついているので高速道路ではないようだが、”M”のつく高速道路と見分けがつかない。Mは単に「自動車専用道路」という意味かもしれない。バスは、この快適な道を1時間ほど走って、かつての港町、ライに到着した。

国道A20号線からの車窓風景A
イギリスで車窓からよく見る風景である。平坦な牧草地にたくさんの羊が放牧されている。牛や馬の放牧も見られるが、羊が圧倒的に多いようだ。さすが毛織物で有名なイギリスだ

国道A20号線からの車窓風景@
Aがつくので高速道路ではないが、Mのつく道路と見分けがつかない。どちらにしても無料なので、関係ないのかもしれない

ライの古い町並み散策
ライの町はかつて港町だったというが、現在では海は4kmほど退いてしまい、港町ではなくなっている。町の観光案内所付近の駐車場でバスを降り、そこから町並みの中を通ってセントメアリー教会までガイドさんと一緒に歩く。ライは小さな町だが、メイン通りにはかつての賑わいを思わせるような建物も残っている。「マーメイド・イン」という現役の宿屋があるが、看板には1420年に建てられたと書いてある。、また、「ラムハウス」というのがあるが、これは18世紀に建てられたタウンハウスで、作家のヘンリー・ジェームスが1898年から1916年まで暮らしたという。少し先にセントメアリー教会の時計塔が見えてくる。ガイドブックによると、この時計は1561年に作られたものだというが、今も時を刻んでいる。

セント・メアリー教会、イプラ・タワーなど
時計塔の建物から教会の敷地内に入る。入口には「Celebrateing 900years in 2003」という銘板が掲げてあった。900年以上の歴史を持つ古い教会だ。教会の中は簡素なたたずまいだが、歴史を感じさせる。
教会から先は自由行動になったので、教会を見学したあと隣接する展望台に行ってみた。ここからはかつて港であった様子が分かる。現在は川になっているのだが、海からここまで船も遡ってくるようだ。漁船らしき小さな船が停泊していた。近くにイプラ・タワーという要塞風の建物が建っているが、これは1249年にフランス軍の侵攻に備えて建てられたもので、ライで最も古い建造物の一つだという。その後、住居や監獄として使用され、現在は内部が民俗資料館になっているようだ。

ライの町点描
ライの古い町並みを歩いているとき、結婚してイギリスに18年住んでいるという日本人の女性ガイドさんが、「皆さんはこういうところに住みたいと思うかもしれませんが、イギリス人もそう思っている人が多いのですよ」と話してくれた。自然の豊かなところで、家の周りに花でも植えて、のんびりと暮らしたいというのが多くのイギリス人の願望で、ライも人気の場所なのだという。セントメアリー教会に隣接して、木組みのシックな住宅が建ち並んでいた。歴史を感じさせる建物の中で、普通に生活するという感じがすばらしい。
再集合の場所は、ライ駅前である。小さな町で道も分かりやすいので、みな思い思いの道を通って駅前に集まる。駅は町のはずれにあるが、町の端から端まで歩いてもそれほどかからないのだから、町の住人にとっては身近な駅なのだろう。しばらくしたら列車が入ってきて、何人かの人が降り、何人かの人が乗った。

ライからロンドンへ戻る
ライを出発したのが16時頃。バスの中では昨夜の睡眠不足もあり、すぐに寝てしまった。ほとんどの人がぐっすりと寝込んでいたようだ。ホテルに着いたのは18:30頃。同じホテルに連泊で、ホテル内での食事なので、すぐに部屋に引き上げ夕食までゆっくり休んだ。

バスの車窓よりドーバーの町を望む
ドーバーの町の背後は丘陵で、海側は切り立っており、白い崖が長く続いている。丘陵の上にはドーバー城が建っている

ドーバー海岸から港方面を望む
ドーバー〜カレー間は約40Kmと最も距離が短い。近年は航空機や海峡トンネルなどを利用する人が多く、港は寂しくなっている。船でドーバーに近づくと背後の白い断崖がよく見え、昔、イギリスがアルビョン(白い土地)と呼ばれたのはこのためだという

セントメアリー教会内部の様子
こじんまりとして簡素だが、歴史を感じさせるつくりである

セントメアリー教会外観
900年以上の歴史を持つ教会である。1150年当時の建物の一部も現存しているという

イプラ・タワー
13世紀にフランス軍の侵攻に備えて建てられた要塞。その後は住居や監獄として使用された。現在は民俗資料館となっている

展望台よりかつての港の名残を望む
現在は川になっているが、かつてはこのあたり一帯は海だったのだろう

セントメアリー教会時計塔
家並みの間から見える時計塔。塔上の時計は1561年に作られたという

ラムハウス
18世紀に建てられたタウンハウスである。作家ヘンリージェームスが暮らしたという

マーメイド・イン
木組みの美しい建物である。看板には1420年に建てられたとある。現役の宿屋である

木組みの民家が建ち並ぶ一角
セントメアリー教会裏手で、観光客はあまり訪れない一角に昔ながらの木組みの家が建ち並んでいる
家の前にはかならす花がある

ライ駅前の様子
ライ駅は町のはずれにあり、駅舎は小さいが立派なつくりだ