17世紀に市庁舎として使われた建物

セザンヌが一時期住んでいた建物
彼の父親は銀行家で、1階にはその銀行があった。彼は2階の一室に住んでいたという

2階アトリエの北側の窓
総ガラス張りの窓で、部屋の中に十分光が入るようになっている

セザンヌのアトリエのある建物
2階にアトリエがある。南側には日がよく当たる

フランス大周遊の旅

第3日目(4月11日) ニース〜エクスアン・プロヴァンス〜マルセイユ

今日はニースから南仏の田舎町エクスアン・プロヴァンスを経て、フランス第二の都会マルセイユまでの旅である。


ニースからエクスアン・プロヴァンスまで

ニースからのバスはすぐに高速道路に入る。この道路は海岸に並行しているのだが、山一つ隔てているので海はまったく見えない。道の両側には白い石灰岩をむき出しにした丘陵地帯が続く。日本だったらセメントの原料に崩されそうな丘陵ばかりだ。やがて平野部に出て、右側遠くに白く高い山が見えてきた。これがセザンヌが晩年描き続けたサン・ヴィクトワール山である(右写真)。いよいよセザンヌの絵の世界に入ってきたのだ。

エクスアン・プロヴァンス

エクスアン・プロヴァンスに着くと、まずセザンヌのアトリエを見学した。町のはずれの静かな林の中にある。セザンヌはこの町に生まれ、はじめ法律の勉強をしていたが、22歳のとき絵の勉強のためにパリに出た。最晩年に生まれ故郷のこの地に戻り、このアトリエで絵を描いた。
建物はそれほど大きなものではない。狭い階段を登ると2階にアトリエがある。窓が広く明るい部屋である。特に北側の窓は総ガラス張りで光が十分入るようになっている。北側からの光は安定しているためだという。壁は薄いグレーで落ち着いた色調である。これも光の反射をやわらげるための配慮だ。棚の上には絵の題材となった小物類が並んでいる。説明を聞きながらアトリエの中を10分ぐらい見学したあと、建物の写真を撮った。北側の窓は外から見ても大きなものだ。

アトリエを見学した後、またバスに乗り旧市街に入る。ヨーロッパの古い町はどこでもそうだが、必ず旧市街が残されておりすぐにそれと分かる。昔は町の周りは必ず城壁で囲まれていたのだが、交通の支障になると邪魔者扱いでほとんど取り払われ、その跡は環状道路になっている。
この町でも当然のように城壁は取り払われているが、旧市街は残っている。ここには古い優雅な建物が残されている。

町の真ん中をミラボー大通りという広いまっすぐな道が通っている。道の両側にはプラタナスの並木が続き、ところどころに古い彫刻を施した噴水がある。昔、ローマがこの地を支配していた時、豊富に湧き出る温泉を利用して噴水を作ったという。水に触ってみたらたしかに温かかった。温泉は現在でも使われているという。旧市内のレストランで昼食の後、バスでマルセイユに向かう。

通りの所々に見られる温泉の噴水
ローマ時代に作られたものだというから驚く

ミラボー大通り
道の両側にプラタナスの並木が続いている。葉が茂ったらなおすばらしいだろう

マルセイユ

エクスアン・プロヴァンスからマルセイユまではバスで1時間くらいである。マルセイユは古くからの港町だ。旧港の前でバスから降り、港の様子をカメラに収める。港に停泊している船はほとんど大型のヨットのようだ。フェリーもここから発着しているらしい。遠くの高台に大きな聖堂が見える。ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院である。我々はこれからこの寺院に向かう。
バスで市内を少し走り、海岸べりのモニュメントの前で再び写真タイムとなった。バスから降りると、とにかく風が強い。この地方特有の強烈な北西風、ミストラルだ。海には白い三角波が立っている。遠くに見える小さな島が「岩窟王」で有名なイフ島だという。あまりに風が強いので、早々にバスに引きあげる。

海岸べりのモニュメント前にて
遠くに見える小さな島が「岩窟王」で有名なイフ島である

旧港の様子
停泊しているのはほとんど大型ヨット。遠くの高台にこれから行くノートルダム寺院が見える

ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院に着いた。駐車場から少し階段を登って寺院の建つ広場に出る。ここの風も強烈である。風から逃れるようにして建物の中に入る。ビザンチン様式の教会ということで、内部の装飾はイスラム的な感じがした。ここで、ガイドさんから「ノートルダム」とは、ノートル(我等の)ダム(女性)、すなわちマリア様のことだという説明を聞いた。鐘楼のてっぺんには金色のマリア像が立っている。

寺院前の広場にて
強烈なミストラルが一瞬たりとも止むことなく吹きつける。身の危険を感じるほどだった

ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院内部
ビザンチン様式の建物ということで、イスラム的な感じがした

ノートルダム寺院鐘楼
塔上に金色のマリア像が立っている

マルセイユはフランス第二の都市である。紀元前からの歴史ある港町として栄えてきたという。フランスにおけるパリの存在があまりに巨大で、有名であるだけに二番目との格差が目立つような気がする。高台にあるノートルダム寺院からは市街地の様子が一望できる。フランスの地方都市の中では確かに規模が大きい。港を中心として市街地が延々と続いている。
また、ここからはイフ島の位置関係がよく見えた。旧港の沖合い3Kmほどのところにある小島で、昔は牢獄があり「岩窟王」(モンテクリスト伯)がとらわれていた。実物を遠望して、昔の囚人の陰惨さを改めて思った。

ノートルダム寺院を後にして再び旧港前に戻る。夕食はこの近くのレストランでとることになっている。夕食メニューはブイヤベースと魚料理。食事の前にまず飲み物の注文。フランス料理にはワインとばかり、私たちはワインを注文した。フランス料理にはワインは水代わりというが、本当に値段がミネラルウォーターと同じなのには驚く。また、フランスの人が飲むワインはロゼが70%を占めるというのもはじめて聞いた。まずスープが出てきた。ドロッとしたとした褐色のスープで、中に具は入っていないがいろいろな魚介類を煮込んだスープらしく、少々生臭く塩辛かった。その後はムール貝や魚の料理。港町らしく魚介類づくしの料理だった。
楽しい食事が終わり外に出ると、もう9時近いのにまだ明るい。フランスでは3月からサマータイムになっているせいかもしれない。昼と同じ場所で写真を撮った。ノートルダム寺院がライトアップされており、金色のマリア様もキラキラと輝いている。ここからホテルまではバスですぐである。

同所よりイフ島方面を望む
「岩窟王」の舞台となった島(中央の小島)
かつては牢獄の島だった

同所よりマルセイユ市街地を望む
マルセイユの北側は第2次大戦中ドイツ軍によりほとんど破壊されたというが、延々と市街地が続いている

ノートルダム寺院より港湾方面を望む
旧港は観光船などの発着が主で、国際港として機能する新港はもっと北側にある

夕暮れの旧港風景
昼と同じ場所からの風景だが、ノートルダム寺院がライトアップされており、金色のマリア様もキラキラと輝いている