フランス大周遊の旅

はじめにも記したように、私は今年の3月末に会社を退職し、あまり時間をおかずに外国旅行に出かけようと思っていた。それまでの会社中心の生活に一区切りをつけたかったのだ。行き先は特にフランスにこだわったわけではなく、はじめはドイツにしようと資料の準備などをしていた。しかし、今年のドイツは寒さが長引いていると聞いて、フランスを南から縦断する旅に変えた。最初からどうしてもフランスに行きたいというわけではなかったということだ。
日本を出発してから帰国するまで10日間、フランス国内実質8日間の旅で、旅行中はもとより帰国してからもすっかりフランスの魅力にはまりこんでまった。時間がたっぷりあるということもあって、帰国してから約1ヶ月間ほとんど「フランス三昧」ともいえるような日々を送った。この間、フランスに関する本を読み、映画や印象派の絵画を眺め、バロック音楽などを聴きながら旅行記をまとめる生活を続けた。学校を卒業以来、1ヶ月以上もの間このような優雅な生活を送ったことは初めてだった。
前置きはこのくらいにして、今回の旅の印象から記してゆこう。

パリの印象

我々のツアーは、南仏の田舎町ニースから始まり、だんだんと北上して最後にパリに到着した。この順路は正解だったと思う。最初にパリを巡っていたら、そのあとの旅はなんとなくかすんでしまったかもしれない。それほどパリの印象は強かった。「フランスは、パリとその他の地方からなる」という言葉が実感として分かる。フランスの中でもパリは特別の街なのだ。

パリの観光はたった1日だけだったが、効率よくバスで回り、中心部は自分の足でも歩いたので、なんとなく町の感じがつかめた。少なくとも行く前と行ってからではまったく違う。納得しながら地図や本を読むことができるのである。写真や文章をを見ただけでは分からないその場の雰囲気、景色の奥行きというものは現地に行って見なければ分からない。まさに「百聞は一見にしかず」である。

ごく最近、岸恵子さんの「私のパリ 私のフランス」という本を読んだ。岸さんは1957年に24歳で単身フランスに渡り、以後、今日までパリに暮らしている。彼女の人生のほとんどすべてが詰まっているパリ、そしてフランスという国が小粋な文章と写真で紹介されている。いまこの本を読むとパリの街の様子そして雰囲気もなんとなく分かり、大変楽しかったこの本をバッグにしのばせ、もう一度ゆっくりとパリの街を歩いてみたいと思う。

パリを中心に広がる半径約150Kmのエリアをイル・ド・フランスという。緑豊かな田園地帯で、中世以来王侯貴族の狩猟地となっていた。ルイ14世はこの地域を気に入り、絢爛豪華なヴェルサイユ宮殿を建てた。今回は訪れることはできなかったが、この地域にはフランス有数の森林フォンテーヌブロー、そして森の反対側にはミレーやルソーらの芸術家を育んだ村、バルビゾンがある。またフランスを訪れる機会があれば、この方面にもぜひ足を運びたいと思っている。

シャンゼリゼ大通りと凱旋門

セーヌ川風景
シテ島先端からサンルイ島方面(左側)を望む

その他の地方の印象

フランスを南から北に縦断すると、フランスは平地の多い緑の国だと感じた。特にリヨンからトゥールにかけての内陸部は果てしない緑の平原が広がっていた。実際、フランスは平野と海抜250m以下の台地が全国土の3分の2を占めるという。日本は逆に山地が80%だから、その違いがきわだって感じるのだろう。ちなみに、フランスの総面積は日本の約1.5倍で、ここに日本の人口の約半分の人々が住んでいる。車窓から見ると、田畑などの耕作地よりも牛、馬、羊などの牧草地が多いように感じた。フランスは食料を自国内ですべて自給自足できる数少ない国の一つだという。今回のツアーで、さもありなんと感した。

フランスの高速道路網はかなり整備されているようである。ほとんど平地でトンネルなどないからかなり安上がりに建設できるのだろう。また、田舎の道で交通量の少ない場合、サービスエリアを作らない。休むためには、高速を降りて周辺の町まで行かなければならないことがしばしばあるろいう。主要な場所にしか料金所がないため、高速道路への乗り降りが自由な区間も多いということだ。

フランスの地方都市の中では、マルセイユとリヨンが2,3位を争っているようだが、パリとの差は歴然としている。フランスは昔からパリ中心の国だった。首都はパリから動いたことはないし、日本で言えば京都、奈良、東京が一緒になったような町だ。外国人観光客もパリに集中し、地方都市にはほとんど来ないという。我々のツアーも途中で日本人観光客に会うことはほとんどなかった。しかし、地方の都市や町にも古いものがよく残されている。フランス革命により古い体制はすべて否定されたが、建造物などは残された。やはり、基本的には石の文化だったからだろう。

地方めぐりの中では、やはりモンサンミッシェルが一番印象に残っている。ツアーメンバーの中でも、パリは何回か来ているけれど、ここを見たいのでこのツアーに参加したという人も多かったようだ。パリから比較的近いこともあって、観光客の数も他の地方に比べて多かった。昔から巡礼地として栄えたということで、今回も巡礼の人々の姿を見ることができた。現代の巡礼者がどのような手段でやってくるのかわからないが、できれば何日もかけて歩いてやってきてほしいものだ。そのような旅の最後にあの荘厳な姿を見たら、きっと誰でも感激するだろう。パリから車で十分日帰り圏内だが、やはり、1泊して潮の満ち干の様子とかライトアップ風景など見たいものだ。

フランスの料理

今回のツアーでは、私としては珍しく料理についても関心を持った。フランス料理というと量が多いという先入観があったが、ツアー中の料理は前菜1品、本番として魚や肉料理など1品、最後にデザートという感じで量的には多すぎず適当な量だった。その地方、地方で特色のある料理も出たようだ。
印象に残っているのは、まず、マルセイユで出たブイヤベース。これは地中海でとれた魚介類をサフラン、トマト、にんにく、オリーブ油で煮込んだスープで、フランス人が好むフランス料理ベストテンには必ず入るのだという。ここで食べたものは塩気がやや強く香辛料もやや強いということで、我々の中ではあまり評判はよくなかったようだ。
リヨンはフランスの中でもグルメの町として知られているという。オニオンのグラタンスープを代表格に暖かいソーセージなどもおいしい、と物の本には書いてある。我々もホテルでソーセージリヨン風というのを食べたのだが、残念ながら印象に残っていない。
また、プロヴァンスではフランス風野菜のごった煮という感じのラタトゥイユ・プロヴァンサルというのも出て、この地方の名物らしいが、これもあまり印象には残っていない。
やはり圧巻だったのは、オンフルールでのムール貝のノルマンディー風。ノルマンディーの海でとれたムール貝を、大皿に盛って腹いっぱいになるまで食べた、あの食感は忘れられない。
朝食はどこのホテルでもバイキング方式だった。ここには必ず大きなチーズがあって、ナイフで削って取り分けるようになっている。地方の町では、屋台に大きなチーズを並べて量り売りをしている光景をよく見かけた。
最後にパリで食べたエスカルゴ。確かに大きなカタツムリだ。フランスではこれは紀元前4,5世紀のガリア人の時代から食べられていたらしい。日本ではいまだに「ゲテモノ趣味だ」という人もいるらしいが、食べてみればおいしいものだ。ただし、我々の中にも食べられないという人は何人かいた。
パリで食べた日本料理は、フランス料理との違いを際立たせて面白かった。日本料理ではすべての料理がいっぺんに出てくるのだ。日本でももちろんはじめに前菜が出て、しばらくしてから本菜が出てくるということはあるし、フランス人もいつもいつも食事に長い時間をかけているわけではないようだが。

私にとってフランスの魅力とは

フランスの魅力といっても一般的な話ではない。私がフランスの何に魅力を感じて1ヶ月もの間フランス三昧の日々を送ったかということである。私はもともとファッションとかブランドなどについてはまったく興味がない。フランス料理については、今回の旅行で少し興味をもちはじめた程度である。また、現在のフランスの政治、経済、社会についても旅行前にそれほど関心を持っていたわけではない。前々回のヨーロッパ旅行で自分の荷物がパリの空港で積み残されたことがあり、フランス人の勤務態度に不信感をもち、むしろ「あまり好かない」感情もあったくらいだ。それがなぜ?ということだが、結論的にいうと、フランスの国内をいろいろと回っているうちに少年、青年時代のフランスについてのいろいろな知識、記憶が蘇ってきたからだ。ニースで中学時代に見た映画を思い出し、マルセイユでは「岩窟王」や「ラ・マルセイエーズ」をプロヴァンスやアルルではセザンヌ、ゴッホをという具合に国内を巡るうちに、次第に若き日の思い出が蘇ってきたのである。
子供の頃から青年期を通じて、フランスそしてもう少し広くヨーロッパの物語、文学、絵画、音楽などに慣れ親しんだ。特に小学生の頃、子供向けの本でいろいろな物語を読みふけった記憶がある。「岩窟王」、「三銃士」、「ああ無情(レ・ミゼラブル)」、「鉄仮面」、「ナポレオンの伝記」・・・・、長じてからの「赤と黒」、「チボー家の人々」等々、フランス的な物語、文学作品が思い浮かぶ。要するに私にとってのフランスの魅力とは、自分の若き日の思い出が主なのだ。フランス旅行を通じてかつて自分がかすかに憧れていた記憶が浮かび上がってきたのだ。
旅行から帰ってから、まずフランス革命に関する本を2冊読んだ。続けてナポレオンに関する伝記、これは上下2巻に分かれる大部のものだが、彼の誕生から1799年のクーデターにより第1執政になるところまで読み進んだ。これは、この時代のフランスの状況がよく分かる。そのほかフランスに関する本を次々に読みあさり、映画、絵画も含めてついにフランス三昧の生活になってしまったというわけだ。


フランスの特質

ここで、フランスについて一般的に言われていることで、今回の旅行で私も強く感じた「フランスの特質」について記しておきたい。
まず第1に「中央集中性」である。フランスの建国以来パリはフランスの首都であり続け、地方に移転したことはない。すべての政治の指令はパリから発せられ、、経済、文化もすべてパリ中心であった。フランス革命直後の恐怖政治では、地方にもパリから国民公会の議員が派遣され、反対する人物は容赦なく処刑された。この時期、マルセイユやリヨンなどにもギロチンが設置され中央の権威を示した。西部ヴァンデ地方のように革命政府に従わず、内乱状態になったこともあるが、強力な中央集権国家体制はフランスの大きな特質といえる。このことは地方を巡った後にパリを訪れると、特に強く感じられる。パリは他の都市とは明らかに違うのだ。

次に「自己完結性」ということがあげられる。フランスは国土的にまとまりのよい国である。国境はほとんど海や川、山脈などにより自然の境が形成されている。また、フランスは広大な耕作可能の土t地を持つ大農業国であり、食料をすべて自給自足できる。このことによりフランス人の特質としてどのようなことが浮かび上がってくるのか。これもよく言われることだが、フランス人は自己中心的だという。このことは、旅行中に添乗員さんや日本人の現地ガイドの人からも聞いたし、実際の数少ない現地の人たちとのふれあいの中からも感じとられた。というわけで、この特質のおかげでフランス人は他の国、特にアメリカからは煙たがられているようである。それでもわが道を行くというのがフランスらしいところなのだろう。



散歩の楽しみ

今回のフランス旅行について、書いておきたいことは大体書きつくした。最後に、旅行から帰ってから後の私の日課について記しておこう。ずっと家にいるようになって、一番気をつけたのは、やはり毎日の運動である。勤めている時には通勤の往復、昼休みの散歩など合計90分は歩いていた。これを何らかの形で継続したい。このため、毎日昼食後2時間以上は必ず外に出て歩くことにした。

ブックオフという古本買取、販売で急成長している店がある。散歩を何回か続けているうちに、家から徒歩40分以内の場所にこのブックオフが4店舗あることを発見した。方南町、新中野、新高円寺、桜上水店で、この4店舗を一つずつ順番に巡るというのが私の散歩のベースとなった。古本屋だから店に置いてある本はそれぞれ異なり、訪れる度に掘り出し物を見つける確率が高い。文庫本、新書版など105円の商品が豊富なのもいい。散歩の度に2,3冊は買い求め、この1ヶ月間の「フランス三昧」の生活に大いに貢献した。

散歩コースの中では方南町コースが最もバラエティに富んでいる。家から20分くらいで方南町店に着き、ここで30分くらい本を物色してからさらに20分くらい歩いて和田堀公園まで行く。ここには大きな大宮八幡宮の森があり、ここのベンチで買ってきた本を30分くらい読む。帰りは善福寺川に沿って神田川との合流点近くまで歩いて家に戻る。途中の道草も含めて2時間半から3時間のコースである。新中野、新高円寺コースにも途中に蚕糸の森公園というよく整備された大きな公園があることが分かったので、最近はここのベンチで本を読むこともある。散歩もただ歩くだけでなく、このような楽しみを付け加えるとさらに長続きするものだ



おわりに

「フランス周遊の旅」とそれに続く「フランス三昧」の日々もようやく終わりに近づいた。妻からは、「あなたはいいね、自分の好きなことだけやっていればいいんだから」といういやみも聞かれるようになった。この辺が潮時だろう。家のこと、自分の身の回りのことなど整理すべきことがいろいろとある。これからしばらくはそちらのほうに集中しよう。今回買い込んだ本は、次のヨーロッパ方面への旅行の時までには全部読破しておこう。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

    「フランス周遊の旅」 完    
                             2006.5.26 尺取虫 記

緑の平原と放牧中の牛

マルセイユの市街地を望む

モンサンミッシェル修道院を望む

チーズの量り売りの屋台
(オンフルールにて)

ムール貝ノルマンディー風を食べたレストラン(オンフルール)

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