サクラの練習風景
指導の先生を中心に10人くらいが一緒にレッスンを受ける。一つの旋律を主題にその変奏を織り交ぜながら、繰り返し、繰り返し歌い続ける。大体は全員で合唱し、時々一人が指名されて歌う。伴奏はタブラで、その他にタンプーラという長い弦楽器が常に一定の音を奏で続けている。これは音程を一定に保つためという

ヒロの練習風景
この楽器はタブラといい、大小2個を組合わせて多様な音を出すことができる。インド古典音楽ではごくポピュラーな楽器である。練習は生徒が自分の進度に合わせて先生の前で勝手に練習し、先生はそれを聞いて悪い点を直してゆく。また、分からないところ、新しい曲の指導を受ける

インド伝統文化学院
インドの多種多様な伝統文化を伝えるため、ここで教育が行われている。我々はこの日、古典声楽、楽器、舞踊などのレッスンを目にした。息子夫婦はここまでオートリキシャー、電車を乗り継ぎ、50分くらいかけて毎週通っている

インド ムンバイ旅日記

2007年3月4日から10日まで、インドのムンバイを中心とする旅行に出かけました。ムンバイには長男夫婦が在住しており、その訪問をかねて近郊の観光を行いました。1週間という短い期間でしたが、インドという国の現状を垣間見ることができました。以下に、インド旅行で見聞したこと、感じたことなどを記してみたいと思います。

旅の準備
今回の旅はまったくの個人旅行である。頼みの綱の息子夫婦はインドにいるので、日本での航空券の手配とビザの申請は自分で行わなければならない。インドはビザが必要で、自分でインド大使館まで申請に行かなければならないのだ。
格安航空券の情報とビザ申請の方法をインドからのメールで指導を受けながら、旅行会社(西遊旅行社)に出かけたのが出発2週間ほど前。幸にこの会社でビザの申請を手数料無料でやってくれるということで、自ら大使館に出かけて申請するという手間は省けた。日本での手配はこれだけで、インドについてからのホテルの手配や行動の予定はすべて息子夫婦が立ててくれることになっている。

ここで、息子夫婦のことを簡単に紹介しておこう。
・長男:ヒロ・・・・IBMなどのコンピューターのマニュアル類を翻訳する仕事をフリーで行っており、ネット環境さえあれば世界中どこでも同じように仕事ができるという、風来坊には最適の職業に携わっている。職業柄、英会話は日常生活には不自由しない程度にはできる。
・長男の嫁さん:サクラ・・・・ヒンディー語を専門学校で学び、その後日本のインド料理店などのバイトで腕を磨き、いまやヒンディーはペラペラ。インド人もびっくりの語学力だ。
二人の共通の趣味は音楽で、インド古典音楽に興味を持ち、このたびインドに音楽留学ということで在留することになった。昨年(2006年)8月に来印し、今のところ2年間の予定だが学校の修業年限は5年で、それまでは延長できるという。
なお、インドでの二人の暮らしぶりは、次のブログに掲載中ですので、こちらもぜひご覧ください

三毛と白黒、ラーガとターラ。-CURURU
それでは、いよいよ旅に出発しよう。

3月4日(日)

成田発12:30、デリー経由ムンバイ行き直行便。(インド航空AI307便)
ほとんどの客はデリーで降り、機内はムンバイまで行く客を残してガラガラとなる。簡単な機内清掃等の後、着陸後約1時間後に再びムンバイに向けて飛び立つ。
ムンバイ到着は、現地時間の21:45。空港には長男夫婦が出迎えに来てくれていた。空港からタクシーで10分ほどで「ホテル・レジェンド」に到着した。

3月5日(月)
今日は、ます息子夫婦の住まいを訪問して手作りの昼食をご馳走になった後、市内見学し、最後に音楽学校の授業参観をする予定である。

10:30頃、ヒロがホテルに迎えに来た。ホテル前からオートリクシャーで10分ほどで夫婦の住んでいるアパートの前に着いた。家に入る前に、まず近くの路傍で店を開いている野菜屋さんで昼食用の買い物をする。10分ほど歩けば大きな八百屋もあるが、急いでいるときにはこの店で買い物をするという。
息子夫婦の住んでいるアパートは4階建ての古い建物で、比較的静かな場所にある。家の前に大きなねむの木があり、4階の部屋の窓からよく見える。

昼食は、サクラ手作りのインド料理だった。ネパールでよく食べたダル・バートに似た料理で、なかなかよくできておりおいしかった。ネパールには3年前に彼らと一緒に旅行しており、そのときのことを思い出した(ネパール街道歩き旅参照)。

(ムンバイ市内観光その1)
今日は息子たちは17時頃から学校の授業があるということで、それまでの間タクシーを利用して軽く市内観光をする。その後、彼らは学校でレッスンを受け、我々はその授業風景を参観することになっている。
ますはタクシーに10分くらい乗り、バンドラ海浜地区に行く。ここにはセント・メアリー教会、海浜公園、古い砦跡などがある。ムンバイ市は細長い半島状になっており、タクシーに10分も乗ればすぐに海に出ることができる

海辺に遺された砦跡
何のための砦か、いつ頃のものかはよく分からないが海浜公園の一部となっている。遠景の橋は交通渋滞を解消するため建設が進んでいる長大な橋

セント・メアリー教会
堂々としたゴチック建築の聖堂である。インドにおけるキリスト教の勢力はヒンズー教、イスラム教に次ぎ第3位だが、全人口の2%強(約2500万人)と多くはない

そこからまたタクシーに乗り、さらに市の中心部に進む。途中、ジャイナ教の寺院に立ち寄り、その後、女性服の店に行く。こういう店に入ると女性は長くなるので、私とヒロは近くの海岸まで散歩した。遠浅の海浜だが、この辺の海は汚染されており夏でも海につかって泳ぐ姿はまず見られないそうだ。

ョウパティ・ビーチ
この辺の海は汚染されており、夏でも泳ぐ人の姿は見られないという。海辺の散歩や出店を楽しむ人がほとんどのようだ。遠くに市中心部の高層ビル群が見える

ジャイナ教寺院
小さな寺院だが中では賑やかな楽器を伴奏に人々が祈りを唱えていた。ちなみにジャイナ教はインドでは数が少なく、仏教の次で第6位(約450万人)である

女性たちの買い物も終わり、またタクシーに乗って学校に向かう。学校は街の真中にあり、古い大きな建物である。ここではインドの伝統的な文化を伝えるためさまざまなコースが設けられている。息子夫婦はここで北インドの古典音楽を習っているのだ。サクラは週3回、インドの古典声楽を、ヒロは週1回、タブラというインドの古典打楽器を習っている。

授業の間中、我々は脇に置かれた椅子に腰掛け、練習風景をずっと見ていた。二人とも練習中は真剣で、かつ楽しそうだった。何事も上級になるほどだんだんと壁が高く、厳しくなるようだ。好きでやっていることだ。できるところまでやってみればよい。
1時間半くらい授業を参観し、そこからタクシーでホテルに帰りついたのは20時頃だった。今夜は4人でホテルでの夕食とした。明日はムンバイ観光その2として、エレファンタ島まで足をのばす予定である。

ムンバイ市内観光その2へ


アパートのすぐ近くの八百屋さん
アパートの近くの空地で店をひろげている。一通りの物はそろっているので、急ぎのときなどには重宝しているようだ。見たところ品物は新鮮で、よく売れるものが置いてあるようだ

4階自室窓から外を望む
4階の自室からは、大きなねむの木が窓いっぱいに広がっているのが見える。ここにはさまざまな鳥もやってきて、ずっと見ていても飽きない。窓の下の空地は駐車場になっていて、静かな環境だ

息子夫婦の住むアパート
4階建ての古い建物。周囲には同じようなな建物が建ち並び、団地を形成している。建物の前に大きなねむの木が1本立っており、この家のチャームポイントとなっている

ブータン

ベンガル湾

アラビア海

バングラデシュ

ネパール

マイソール

バンガロール

ムンバイ

デリー

旅の概要

3月4日(日)  成田発デリー経由でムンバイへ
3月5日(月)  ムンバイ市内観光、音楽学校授業参観
3月6日(火)  ムンバイ、エレファンタ島を中心とする観光
3月7日(水)  バンガロール経由でマイソールへ
3月8日(木)  マイソール市内観光
3月9日(金)  マイソールからムンバイへ(往路を戻る)
3月10日(土) ムンバイからデリー経由で成田へ