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東海道歩き旅

(マイソールからムンバイへ)

3月9日(金)
今日は、来たときと同じコースでムンバイに戻る。バンガロール発11:20の飛行機なので、マイソールのホテルを7時頃には出発しなければならない。来たときはバンガロールから長距離バスに乗ったが、今回はホテルからハイヤーでバンガロールまで行くことになった。昨日マイソール市内観光に使ったのと同じ車である。朝早いので朝食なしで7:10頃にはホテルを出発した。
マイソール市街地を抜けると道はまっすぐな空いた道になり、車は快適に飛ばす。1時間半くらい走り、途中のちょっとした町で休憩した。私の腹の具合は昨日よりはよくなっているが、ここで念のためトイレに行っておいた。ここでお茶を飲んだりして15分くらい休憩し、また車に乗り込み一路バンガロールを目指す。往きのバスの中からは写真がとれなかったが、今度はハイヤーなので車窓風景を撮ることができた。時々小さな岩山がポツンとたっているが、大方は平坦な高原が広がっている。時折、小さな集落が見られるがすべて通過し、やがてバンガロールの市内に入った。

マイソール〜バンガロール間の車窓風景
時々、ポツンと低い岩山が現れる。それ以外は平坦な高原が広がっている

グリーンホテル本館ロビー前にて
このロビーの壁にこの館のかつての住人、藩王の娘さんの写真が掲げてあった

バンガロール市内に入り、さらに中心部に入ってゆくとまた渋滞が始まった。車はなかなか進まないし、だんだん時間は迫ってくるし、荒っぽい運転にハラハラ、ドキドキしながらも運転手の腕を信じるしかない。とうとうサクラが「間に合うの?」と問いかけたところ、「ボクの心が"間に合う"といっているから大丈夫」という答えがあり、一同、何とか安心したことだった。運転手の予言どおり、出発30分くらい前には空港に到着し、搭乗手続きを済ませ飛行機に乗り込んだ。
この飛行機は行きのときとは別の「キングフィッシャー」という会社の便で、少々割高だがサービスグレードが高いのだという。そう思って周りを見ると、お金持ち風のインド人が多いようだ。約1時間半のフライトで、10:50頃ムンバイ空港に到着した。

ムンバイ空港に到着したキングフィッシャー機
この会社のコーポレート・カラーは鮮やかな紅色で、乗務員の制服から飛行機の機材、小物に至るまでこの色に統一されている

ムンバイ上空にて
ムンバイ空港は街の真中にある。かなり低空飛行になってから鉄道の線路と駅が見えた。我々が列車に乗ったバンドラ駅だろうか

(航空機のリコンファーム
ムンバイ空港に着いてから、成田への航空機のリコンファーム(再確認)をサクラにやってもらった。日本で航空券を手配したときに、帰りの便は必ずこの「リコンファーム」をやってくださいといわれていたのだ。エア・インディアの窓口に電話して、該当の便が本当に飛ぶのかどうかを必ず確認してくださいというのだ。案の定、サクラに確認してもらったところ便名と時間が変更になっているという。デリーから成田までの便名と時間は変わらないが、ムンバイからデリーまでの国内線区間がまったく変わっている。当初、ムンバイ発18:30のエア・インディアだったものが、15:45発の別の会社の便に変わっている。しかもその変更になった航空券を会社の窓口にとりにこいという。会社の都合で勝手に変えておいて、この仕打ちは何たることだと怒ってみてもはじまらない。我々にはサクラという強い味方がいるので、全面的に処理をお願いした。
そして、これは後で分かったのだが、デリーでは国内線と国際線の空港が別なので移動しなければならないという。その時点では我々二人しかいないので、これはすべて自分たちでやらなければならない。当初の便なら同じ飛行機にそのまま乗っていればよかったのに〜。まあ、先のことを心配してもしょうがないので、これらの情報を得た上で飛行場からタクシーでヒロのアパートに向かった。今日は一晩、このアパートに泊めてもらう予定である。


(ムンバイのアパートにて)
ムンバイのアパートに着いてからしばらくして、サクラは今日は授業があるのでこれから学校に向かう。途中で例の航空券を受け取ってきてくれるという。我々はしばらく部屋でゴロゴロしていたが、ヒロが夕食の買い物に近くに出かけるというので一緒に行くことにした。妻は家で休んでいるという。
17時ころ家を出たが、外はまだ十分に明るい。アパートの前の広い通りを5分も歩くと小さな商店が並んでいる。そこで少し買い物をし、さらに歩いてゆくと割合大きな商店が軒を並べている。いろいろな商店があり、食料品から日用雑貨まで一通りのものは全部そろうようだ。ヒロの買い物も手馴れたもので、スーパーの兄さんたちと話をしていたのでスナップ写真を撮らせてもらった。シャイな感じの気のよさそうな青年たちだった。いろいろな買い物をし、ヒロは両手に大きな袋を下げて、1時間ほどでアパートに戻った。
夕食はヒロの手作りのスパゲッティで、味はやや薄かったがスパイスのきいていない料理で、おなかもすいていたこともあって久しぶりにたくさんの量を食べることができた。

3月10日(土)
いよいよ今日は日本に帰る日だ。インドに来てからあっという間に日が過ぎてしまった気がする。昨夜は早く床につきよく眠れたので、5時頃には目がさめてしまった。起きだしてごそごそと荷物の整理をはじめる。朝の身支度も済み窓から外を眺めていると、ヒロがやってきて近くを散歩しようかとさそってくれた。今度は妻も一緒で、本格的な朝の散歩になった。アパートの前の通りは8時前と時間も早いので、人通りは少ない。3人でぶらぶらと歩いてゆくと、きれいなピンクの花が咲いている家があった。さらに歩いてゆくと、路上生活をしている人の多いスラムの一角があった。普通の住宅街のすぐそばにこのような場所もあるのだ。タクシーで町を走っているときにも時々目にする光景だ。ある一角だけポツンとスラム的な場所があって、そこの人々も傍目には皆あっけらかんと生活しているように見える。
れもインド的な風景なのかもしれない。

行きつけの商店街にて
昨日も通ったが、朝早いのでまだ開いていない店も多い

スラム的な一角
普通の住宅街のすぐ近くにスラム的な一角があり、多くの人が暮らしている。これもインド的な風景なのかもしれない

妻がお土産のお菓子類などを買いたいということで、もう少し大きな店のある繁華街まで出ることになった。タクシーで10分くらいで海岸に出、その近くに大きな店などもあるという。タクシーを降りたところは海岸沿いの公園となっており、海に沿って遊歩道が設けられている。ちょうど干潮時なのか海はずっと遠くに見え、海岸はあまりきれいではない。しばらく遊歩道を歩いた後、近くの大きなスーパーマーケットに入り、最後の買い物をした。お土産のお菓子などを買い、これで妻も一安心したようだ。

海岸沿いの遊歩道
近くにジョガーズ・パークというのがあり.入ろうしたら閉まっていた。さすがに日中の暑いときにはジョギングする人もいないので、朝夕だけ開いているという

海岸風景
アパートの近くから10分もタクシーに乗れば海岸に出る。残念ながら海辺はあまりきれいではない

大きなスーパーマーケットで買い物
ここで、お土産のお菓子類など最後の買い物をした。妻もこれでやっと一安心といった風だった

海岸通りに建ち並ぶ大きな店
この辺には大きな店も多く、若い人の姿も多く見られた

買い物も終わり、アパートに帰ったのは12時過ぎ。家ではサクラが昼食を用意してくれていた。味付けにいろいろと工夫したスパゲッティで、ゆで方といい、味といいなかなかよくできておりおいしかった。お土産類なども大きなスーツケースに詰め、出発準備すべて完了。

(ムンバイ空港にて)
アパートから空港までの道は相変わらず渋滞していたが、14:40頃には空港に着いた。さあ、これから先はすべて我々二人だけで対処しなければならない。何せ二人とも英会話が全然だめなのだ。特に、デリーでの国内線から国際線への乗換えが心配だ。自分としては何とかなるさと割と気楽に考えていたが、ヒロが心配して近くにいた日本人の若い女性の二人連れに「よろしくお願いします」と頼んでくれた。彼女たちはデリーでの乗り継ぎの経験があるという。この人たちにはデリーで実際お世話になった。

(デリーにて)
ヒロとサクラにも別れ、機上の人となった。予定通り15:45頃ムンバイを飛び立ち、1時間ほどでデリーの国内空港に着いた。国内線空港と国際線の空港はシャトルバスで結ばれていると聞いていたので、まずそれを探したのだがそれらしいものは見つからない。少々あせり始めたら、先ほどの二人連れの女性が近づいてきて、「私たちはプリペイドのタクシーで行きますので、もしバス便が見つからなかったらタクシーで行ったらどうですか」と、タクシーチケットの売り場も教えてくれた。これなら国際空港までということで最初に料金を払ってしまうので、後はタクシーに乗っていれば目的地まで運んでくれる。私たちもアドバイスどおりタクシーで行くことにした。渋滞した一般道を通ってようやく国際空港に着いた。国内線と国際線の空港は結構離れているのだ。
国際空港に着き、搭乗手続きが終わってから、ヒロのところに無事デリーまで着いたと電話した。実はデリーからムンバイまで市外電話をかけるのもはじめてのことで、店の人に聞き、他の人のやり方も見ながら何とかかけることができた。料金は通話後プリントされた紙片が出てくるので、その金額を店の人に支払う。

(成田にて)
デリーを飛び立ったのは22:30頃。ようやくホッとした。夜中の便でもあり、うとうとしているうちに機内での食事が出た。もう成田に近いようだ。帰りは行きよりも早く着いたような気がした。機内で検疫の調書に記入した。体の具合について質問があるのだが、私は正直に「下痢症状がある」というところに○をつけた。成田で検疫のゲートを通過するとき、案の定、係官に呼び止められた。現在もまだ症状がありますか、と聞かれたのでハイと答えると、それでは健康相談室に行ってくださいといわれた。
相談室の中には既に4、5人の人が順番を待っていた。若い人が多いようだった。しばらくして私の番になり、症状を聞かれたが特に指示はなく、「お役立ち情報」というパンフレットをくれた。「もし心配なら無料で検便をしますが」といわれたが時間もかかりそうだし、そこまですることもないだろうと思い部屋を出た。これも一つの経験だ。

相談室でもらったパンフレットには、次のようなことが書かれていた。

『                   旅行者下痢症とは?
海外旅行に行かれた方の半数以上の人が、旅行先に到着してから5日以内に下痢をするといわれています。もちろん旅行する国や地域によって違いますが、旅行先を発展途上国に限った場合には、この数字はさらに高くなり、7〜8割に達するといわれています。・・・・
原因としては渡航先の飲食物の違いによる一過性の胃腸障害が主で、ウィルスや細菌、あるいは寄生虫による病的なものなども考えられるが、数は少ない。・・・』
私の場合も、水とか強い香辛料などがおなかに障ったのだろう。そういえば6年前に香港・マカオ旅行に行ったときは妻がおなかをこわし、散々な目にあったことがあった。やはり「水や食事には十分な注意を払え」ということしか言えないのだろう。

空港の外に出ると、日本は出発したときよりも寒くなっていた。出発時と同じような防寒対策はしているが、急激な気温の変化で風邪も引いてしまい、翌日は近所の医者にゆき、どっさりと薬をもらってきた。でも、別にたいしたことにはならず、楽しかった旅を締めくくることができたことはうれしい。


(最後に)
楽しみにしていた7日間のインド旅行が終わった。たかだか7日間の旅ではあったが、いろいろな経験をした。多くの人に読んでいただく旅行記としては、かなり瑣末なことまで書きすぎたきらいもあるが、自分にとってはすべて興味のあることだったし、インドという国を知るためには書いておきたかった。それほどに私はインドという国を知らなかったのだともいえる。もし、もう一度インドに行く機会があれば、そのときにはまた違った視点からの旅行記が書けるのではないかと思っている。
ヒロとサクラは昨年の8月から既に8ヶ月インドで生活している。その間のいろいろな経験や考えたことなどを彼らのブログを通じて見てきたが、今回実際に訪問して、その生活環境を知ることができた。これだけでも旅の一つの目的は達せられたと思っている。
最後に、はじめから終わりまで親身になって世話してくれたヒロとサクラに、そして最後までこの旅行記を読み通していただいた皆様に深く感謝いたします。ありがとうございました。


            インド旅行記 完    2007.3.27

アパート付近の光景
アパートの付近は道が広いが車はほとんど通らず静かである。街路樹としては大きなねむの木が多い。ねむの木がこんなに大きな樹だとは私は知らなかった

ヒロとタロちゃん
この家には猫が2匹いる。ここに見えるタロちゃんと、三毛猫のハルちゃんである。タロちゃんは人懐っこくすぐに寄ってくる。ハルちゃんはやや人見知りをし、なかなか現れない。皆、重要な家族の構成員である

スーパーマーケットの店番の兄さんたち
気のよさそうな若者たちだ。ヒロが大きな袋を両手に下げているので、一つ持とうとしたら、「いいよ、後で兄ちゃんに何言われるかわかんないから」と笑っていた。インドでは年長者を敬う道徳観が強いのだという

住宅街の大きなスーパーマーケット
さらに5分くらい歩くと大きな商店が並んでいる。ここまでくれば日常生活で必要なものはほとんどそろうようだ。スーパー形式の店、八百屋などが一つの建物の中に入っており、日本の下町の市場みたいな感じだ

アパートに近い商店街
アパートから5、6分のところにある比較的小規模な商店街

くの家の庭に咲くピンクの花
近くには有名人の家などもあり、庭にピンクのきれいな花が咲いていた

アパート周辺の様子
朝早いので、人通りはまだ少ない。このあたり一帯は同じコロニーを形成していて、ヒロの話では近々に全体的な再開発が始まるらしい