第1日目(11月21日) ポカラ〜ナヤプル〜ティルケドゥンガ
いよいよトレッキングの第1日目である。出発前に荷物を自分が持つものとポーターに持ってもらうものに分ける。ポーターは集めた荷物を大きなザックに詰め込み、担ぎやすいように形を整える。ポーターの荷物は20Kgくらいだろうか。我々も各自5Kgくらいの荷物を担ぐ。
8時ごろにはホテルを出発し、近くの両替屋で日本円をルピーに交換する。現在1ルピーは1.5円の換算なので、1万円を両替すると、手数料を引いた残りが約6400ルピー。このうち、5000ルピーを山での共通財布としてHIRO(長男)に預かってもらい、宿泊、食事代などすべてをそこから支払うことにした。

準備万端整い、いざ出発である。ホテルの前からナヤプルまで約2時間は車の旅である。一応、全区間舗装道路なので、まずまずの道中である。
室内はベッド、毛布、掛け布団などがあるだけでシンプルなものである。トイレ、シャワーなどは共同。食事も食事室でとる。これが山のロッジのほぼ共通の形である。これで宿泊代は1人100ルピー。いくら物価の安いネパールでもこれでは儲からないので、食事や飲み物で稼いでいるようだ。
17:30頃から食事室で懇親会をはじめ、大いに盛り上がった。
ロッジの内部
ようやく本日の宿泊場所、ティルケドゥンガに着いた。16:30頃だった。当初の計画では今日は次のウレリまで行く予定だったのだが、ややゆっくりペースだったので今日はここまでとした。道沿いには集落があり、そこには必ずロッジがあるので、計画の変更はたやすい。(今回はガイド任せだが)
本日の宿泊ロッジ(ティルケドゥンガ)
羊の群れと出会う
やがて、前方に何やら大きな群れがうごめいている。近づいてくると、たくさんの羊の群れだということが分かった。すぐに識別できるように大きな赤い印をつけられている。道幅いっぱいになって進んでくるので、我々は高いところに避けて通り過ぎるのを待った。どこまで行くのだろうか。追ってゆく人も大変だ。
料理も30分ぐらいで出来上がり、初めてのダルバートもおいしかった。また元気に歩き始める。比較的平坦な道を地元の人と一緒に歩く。
地元の人の生活道路を一緒に歩く
料理のできるのを待っていると、カランカランと鈴を鳴らしながら先ほどのロバの隊列が追いついてきた。彼らはここで休むことなく通り過ぎていった。
先ほど追い抜いたロバが追いついてきた
山のレストランは、注文を受けてから作り始めるので時間がかかる。この間、付近を歩いてみた。店の脇に立派な共同の水道があり、文字盤がはめ込まれていた。これには、英国のある協会が寄贈したと書かれていた。
レストラン脇にあった立派な共同水道
吊橋から1時間半くらい歩いたところで、道沿いのレストランに入り、昼食をとることにした。私はここで初めてネパール食の定番・ダルバートを食べることにした。
マタタンティのレストランで昼食
ビレタンティの村を通り過ぎ、川沿いの道をのんびりと進む。
川沿いの道をのんびりと歩く
ビレタンティは細長い村で、家が途切れたかと思うとまた現われ、そこも同じ村である。
ビレタンティのレストラン,ロッジ
やがてビレタンティの村に着き、吊橋を渡る。橋を渡って左に曲がるのがこれから行くゴレパニ方面への道である。
ビレタンティの吊橋
ロバの隊列とのはじめての出会い
ナヤプルの自動車道路から急な山道を下って、川沿いの道をしばらく歩く。やがて、ロバの隊列にはじめて出会った。7頭の隊列で大きなものではなかったが、何か感激した。その後は何回も出会った。
ナヤプル〜ビレタンティで出会ったロバの隊列
自動車が入れるのはナヤプルまで。これから先はすべて自分の足で歩くしかない。ここの茶店でネパールティーとサモサというジャガイモの揚げたものを食べたが、なかなかおいしかった。
自動車道路の終点ナヤプル
道は登り坂になり、途中に「チベット人難民収容地域」という標識があった。中国との軋轢の結果ネパールに逃れてきた人たちが居住しているのだ。少し先の見晴らしのよいところで停車し休憩。
チベット人の居住地域付近の見晴台
ここからのマチャプチャレの眺めはすばらしかった。写真を撮っていると早速商売上手のおじさんがやってきた。「私チベット人。同じモンゴロイドね」と握手を求めてきた。あっけにとられているうちに、ヤクの毛で作ったというバンドを取り出した。結局1本買ってしまったが、チベットの商人は商売上手だ。
見晴台からのマチャプチャレの眺望
少し先で車が止められた。トレッキングに行くツーリストをチェックし、そのガイドやポーターなどからお金を徴収するのだという。うちの2人はこの部分だけは同乗せず、タクシーで先に行き待っていることにした。「どうせ奴等の飲み代になってしまうのだから」が彼らの言い分である。
ツーリスト・チェックポスト
ホテルから少し走ると,古い町並みが続いているのが見える。オールド・バザールである。この町はその昔チベットとの交易で栄えたという。今では近くのニュー・バザールに町の中心は移っている。
オールド・バザールの古い町並み