ネパールという国は、私にとってははじめての国なので、見るもの聞くものすべてが最新情報なのですが、その中から印象に残ったこと、気になったことなどを紹介してみたいと思います。(2003年12月現在の情報)
・ネパールという国
・ネパールへの道
・ネパールの国内情勢
・カトマンズ最新事情 
・ネパールの料理 
ネパールの地理
○ネパールは南北に145〜241Km、東西に850Kmの長さがあり、面積は147,181平方Kmである。(北海道の約1.8倍)
○南にインド、北に中国が位置している。また、北緯26度から30度、東経80度から86度の間に位置している。
(緯度的には奄美大島,、小笠原諸島と同じくらい)
○地理的には次の三つに分けることができる。@ヒマラヤ、A中間山地、Bタライ平野
最高地点はエベレストの頂上8848mだが、最低地点の標高は70mしかない。今回、我々が歩いたのは、中間山地といわれる地域である。
○気温は、北のヒマラヤ山脈では氷点下40度にもなるし、南のタライ平野では40度を越えることもある。また、6月から8月はモンスーンの影響を受け、雨期となる。逆に、11月頃から冬の間はほとんど雨は降らない。
○人種、文化、言葉、ネパールには多種多様な民族と文化がある。
・高地・・・有名なのは、シェルパ族。この民族は登山の技術と勇敢さで有名あり、ほとんどのヒマラヤ登山に参加してきた。

・中間山地・・・多様な民族が暮らしている。伝統的に彼らは戦士であり、狩猟に長けていた。昔から多くの人たちが傭兵として活躍しており、特にグルン族は勇敢なグルカ兵として名高い。
・カトマンズ盆地・・・この地域の大半はネワール族である。ネワールの人たちはビジネスに長けており、カトマンズ周辺の企業の大半は彼らのものである。
・その他、全部で40以上の民族が存在しているという。
ネパールの人々
ネパールの宗教
○ネパールでは、ヒンズー教と仏教が主要な宗教である。この二つは何世紀にも渡って共存してきた。ヒンズー教の寺院と仏教の寺院が同じ敷地にあることも多い。ヒンズー教徒と仏教徒がもともとは同じ神だったものを別な名前でお参りすることも少なくはないのだという。
○ヒンズー教には、八百万(ヤオヨロズ)といっていいほどの神々がいる。その中でも、ブラーマ、ビシュヌ、シバが代表格である。ヒンズー教の神々はそれぞれ特徴があり、また、化身を持っている。それぞれが乗るための動物がいて、主人を祭る寺院の外に膝まづいて仕えている姿を見ることができる。
○仏教の創始者である釈迦牟尼は紀元前6世紀頃、ネパールとインドを中心に活動した。スワヤンブナートとボダナートにある卒塔婆(ストゥーバ)は最も古く美しいものである。
○ネパールの経済の基本は農業である。製造業、貿易(商業)、観光業がそれに続く。主な外貨の収入源は、製品輸出、出稼ぎ、観光、そしてグルカ兵の送金などである。
○ネパール国民の10人のうち8人までが農業に従事しており、農業生産高がGDPの40%を占める。タライ平野の水田のみならず、山間地でも段々畑を刻み穀物を生産している。ネパールの主食は米であるが、それ以外の農産品としては、トウモロコシ、小麦、大麦、粟などの雑穀が作られている。
○ネパール製造業の主な業種は、毛織カーペット、衣料品縫製、織物、皮革品製造などでGDPの10%にも満たない。製造業の多くはカトマンズ周辺とタライ平野に沿って立地している。
○古くから商業はネパールの重要な産業であった。ヒマラヤを越える貿易ルートの中継地として栄え、ネパール人にとっては商売は第二の天性ともいえるものであった。現在外国貿易は、製品輸入と農産物輸出が主たるものである。
○観光はネパールにとって重要な産業である。1996年には39万人がネパールを訪れた。しかし、最近ではマオイストの活動に見られるように国内情勢の変化があり、観光客はかなり減少していると思われる。ホテル、ロッジなどの観光施設も供給過剰気味のように見受けられた。
ネパールの経済
ネパールという国

ネパールという国