浅草〜隅田公園〜言問橋〜桜橋〜白髭橋〜水神大橋〜千住大橋  約7Km
このコースでは、浅草から桜橋までは隅田川右岸(上流から下流に向かって右側)を歩き、桜橋で橋を渡って左岸に移り、千住大橋まで歩く。この区間では左岸を歩いたほうがテラスなどがよく整備されており歩きやすい。
吾妻橋のすぐ脇には水上バスの乗場がある。ここからは日の出桟橋行きの水上バスがかなりの本数出ている。隅田川を上ってきた船はここでUターンし、また下ってゆく。隅田川橋めぐりもできるし、交通機関としても便利である。(水上バス運行案内はこちら
川辺にはテラスが続いており、土手沿いには隅田公園の桜並木が続いている。ただ、川との間には高い堤防(いわゆるにカミソリ堤防)があり、川を眺めながらの花見ができないのが残念である。
東武線鉄橋を越えると、言問橋が近い。橋の先にも隅田公園は長く続いている。橋の少し先に東京大空襲の犠牲者を悼む碑が建てられている。昭和20年3月の東京大空襲で犠牲になった多くの方々はこのあたりに仮埋葬され、戦後荼毘に付されたという。その少し先に待乳山聖天(まつちやましょうでん)がある。公園から道路を横断してすぐのところにあるので、立ち寄った。高さは約9mしかないものの、低地の続く墨東では昔から眺望のよい景勝地として知られており、江戸名所図会や広重の大江戸名所百景などにも描かれている。もっとも、日本堤の築堤のため土が削られて現在は当時の景観とは異なっている。
隅田公園に戻り川辺に出ると、そこには桜橋がかかっている。この橋はX字型をしており、歩行者専用の橋である。隅田川花火大会の第一会場はこの橋の付近にある。(2005年の花火大会の様子こちらをご覧ください。)
ここでこの橋を渡り、これから先は隅田川左岸を歩くことにする。橋の少し先でテラスは途切れ、これからしばらくは首都高速の下の土手道を歩くことになる。高速道路の橋下は雨除けにもなるので、青いシートの”住居”も結構多い。白髭橋が近づくと、またテラスが復活する。この辺のテラスはまだできたばかりのような感じで、何人かの人がのんびりと釣りをしていたのが印象的だった。
白髭橋を過ぎると、ブルーの新しい水神大橋が見えてくる。1988年にできた隅田川では2番目に新しい橋である。水神大橋の少し先で隅田川は大きく左に蛇行する。このあたりも新しいテラスが完成しており、ここでものんびりと釣りをしている人が見られた。折しも大きな運搬船が通りかかり、大きな航跡を残しながら左に曲がってゆくのを私はしばらくの間眺めていた。のどかな時間が流れる。
この辺は地名的には鐘淵で、昔から通俗的にはこの辺から下流域を隅田川と呼んでいる。少し先で綾瀬川が合流し、テラスは途切れる。綾瀬川は、ほんの500mほど離れた荒川と通じており、相互に船の航行もできるようになっている。首都高向島線も綾瀬川に沿って曲がってゆき、隅田川とはお別れする。
綾瀬橋を渡り、しばらく墨提通りを歩くが、大きなマンションのあるあたりで川辺に出ることができる。マンション建設と同時に整備されたと思われる公園風の新しいテラスがしばらく続き、また途切れるので一般道を歩くしかない。
常磐線のガードを過ぎて少し先で国道4号線にぶつかる。これを左に曲がればすぐに千住大橋である。千住大橋は隅田川で最初に架けられた橋で、1594年(文禄3年)に完成している。現在は昭和2年完成の大橋と昭和47年完成の新橋の二本の橋が架かっている。橋から下流方面を見ると、常磐線の鉄橋が望める。国道を進めば京成線の千住大橋駅はすぐである。
土手沿いの桜並木(隅田公園)
堤防から東武線鉄橋を望む
水上バス乗場(浅草)
待乳山聖天
東京大空襲の犠牲者を悼む碑
言問橋
白髭橋付近のテラス
桜橋付近から上流方向を望む
桜橋(人道橋)
綾瀬川との合流部(綾瀬橋より)
隅田川蛇行部(鐘淵付近)
水神大橋
千住大橋より常磐線鉄橋を望む
千住大橋
公園風の新しいテラス(千住)
隅田川を歩く 3
浅草周辺の隅田川両岸の土手には多くの桜が植えられており、春には花見客でごった返すが、他の季節にも緑陰が続くので散歩に適している。また、隅田川夏の風物詩としての花火大会も、隅田川公園を中心とした地域に最も人出が多い。
川辺で釣りをする人の姿も結構目についた。しばらく前までは隅田川で魚が釣れることがニュースになったが、近頃ではあたりまえの風景になってきたようだ。そういえば、両国の水辺ラインの船乗場の近くに隅田川のBOD(生物的酸素要求量)の経年変化を示すグラフが掲示されていた。これによると、昭和46年に13mg/Lだった値が、平成年間に入ってからほぼ3mg/Lくらいで推移している。魚の生息環境としては5mg/L以下が望ましいということなので、現在はこの値をクリアーしていることになる。うれしいことである。




見どころなど