このコースは、川に沿って歩ける部分がほとんどない。また、川の近くを歩いていても、いわゆるカミソリ堤防にさえぎられて川を見ることもできない。川が見えるのは橋の上からか、荒川の堤防の上からだけというなんとも面白くないコースである。しかし、隅田川が荒川から分流する岩淵水門周辺は、のんびりと歩けるビューポイントである。
千住大橋〜尾竹橋〜小台橋〜岩淵水門〜赤羽駅 約14Km
京成線の千住大橋駅から歩き始める。まずは千住大橋へ。この橋は昭和2年に架けられたが、その後の交通量増大に対応して、昭和47年に新橋が並行して架けられた。橋の脇に小さな公園があり、ここに「千住大橋と奥の細道」の説明板と、大きな「おくのほそ道行程図」が掲示されている。松尾芭蕉は1689年(元禄2年)3月27日、門弟曾良と共に深川より船で隅田川を遡り、ここ千住大橋のあたりで船をおり、「奥の細道」の旅へ立った。その後、奥羽、北陸を経て、大垣に至る約600里、半年にわたる行脚の出発点となったのである。
千住大橋から上流に向かって左岸を歩くが、川は堤防にさえぎられて見ることができない。結局、車の多い墨提通りに出て、しばらくはこれを歩く。やがて、尾竹橋通りと交差するので、これを左に曲がり、尾竹橋に出る。。橋の上からようやく川の流れを見ることができた。堤防の内側には、テラスを作るに十分なスペースが長く続いている。いずれは整備されるのだろうが、できれば早く作ってもらいたいものだ。
墨提通りに戻り、先に進む。隅田川と荒川がかなり接近してくる。荒川と隅田川にはさまれた道沿いに工場などがあるので、荒川の土手に上りこちらを歩く。少し先で土手を降りて左に曲がると隅田川の小台橋がある。小台橋から都電の小台電停までは近い。橋の上から隅田川を下ってゆく大きな運搬船が見えた。この船は上流のどこから来るのだろうか。
小台橋から川沿いに道があるが、やはり堤防のため川は見えない。そのうち、小台下水処理場にぶつかり、道なりに進んでゆくと、豊島橋に出る。千住大橋から上流に架かる橋は、みな似たようなアーチ橋で下流に見られるような特色はない。
豊島橋から上流に向かって、川沿いに真新しいテラスが完成している。隅田川はここで大きく屈曲して荒川に近づいており、このテラスの先は荒川土手まで通じている。荒川土手に上ると、これから先、岩淵の荒川合流点までこの土手上を進む。
荒川の河川敷はゴルフ場になっており、土手上を歩いていても広々として気持ちがよい。やがて、遠くに青い水門が見えてくる。この水門で、荒川から隅田川に流入する量を調節している。水門の左側の川は新河岸川である。この写真から見ても明らかなように、隅田川は荒川の下流であるとともに、新河岸川の下流であるともいうことができる。
青水門の上は通路になっており、対岸に渡ることができる。青水門の先に赤水門が見える。これは、1924年に完成した水門で、現在は使われていない。
荒川土手から隅田川下流方面を望む
豊島橋付近のテラス
豊島橋
赤水門(現在は使われていない)
岩淵水門、左は新河岸川
小台橋から下流方面を望む
小台橋
尾竹橋から下流方面を望む
尾竹橋
おくのほそ道行程図
千住大橋
隅田川を歩く 4
荒川(左)と隅田川(右)を分ける岩淵水門
(ヘリから下流方面を望む。「荒川新発見」より)
このコースの見どころは、なんと言っても岩淵水門周辺である。隅田川が荒川から分流する地点に設けられた水門。しかもそれが二つもある。この辺の様子は実際に歩いてみてもなかなかピンとこないのだが、右の写真を見ていただくと位置関係がよくわかる。左に荒川本流が流れ、水門を通って隅田川が分かれてゆく。また、その右側からは新河岸川が隅田川に流れこむ。赤い水門は役割を終え、現在は使われていない様子もよくわかる。
ここは、地下鉄南北線の岩淵駅からも近いので、この周辺だけを散策してみても結構楽しい。荒川土手をのんびり歩いて、先ほどの豊島橋あたりまで行けば、豊島団地始発のバスもあるはずである。


見どころなど