隅田川花火大会見物 (2005.7.30 言問橋付近にて)

コースNo 歩いたコース(最寄駅) 歩いた距離 歩いた時期
@ 浜町駅(都営新宿線)〜新大橋〜清洲橋〜永代橋〜越中島公園〜佃島〜勝どき駅(都営大江戸線) 約6Km 03.5.10
A 浜町駅〜両国橋〜蔵前橋〜厩橋〜駒形橋〜吾妻橋〜浅草駅(地下鉄銀座線) 約4Km 03.6.21
B 浅草駅〜言問橋〜白髭橋〜千住大橋駅(京成線) 約7Km 03.6.21
C 千住大橋〜尾竹橋〜小台橋〜豊島橋〜岩淵水門〜赤羽駅 約14Km 03.7.12
歩いたコース

  隅田川は何回も歩いていますが、下のコースは2003年に歩いた時のコースです。
隅田川を歩く

隅田川は、私が川歩きにはまり込むきっかけになった川です。現在の墨田川は川辺がテラス化されて気持ちよく歩けるようになっています。テラスが途中で途切れたり、場所によっては不法住人のテントがあったりしますが、千住辺りまでは川辺を歩くことができます。千住から先は川辺を歩けなくなりますが、やがて荒川に近づき荒川の土手を歩くようになります。隅田川の終点は荒川との分流点、岩淵水門です。

奥秩父の甲武信岳に源を発し、東京湾に注ぐ荒川の下流部を隅田川と呼ぶ。一般には墨田区鐘ヶ淵の屈曲部から下流域をさすことが多いが、河川法上は荒川と分流する北区の岩淵水門から下流域をさす。
江戸時代には川開きの花火で賑わい、明治、大正期には水泳場やボートレース場があった。しかし1970年代に入ると、工場廃水や生活廃水による水質汚濁が進んだ。
平成時代に入り、川自体の水質浄化、両岸の環境美化事業推進、高層ビル群の出現などにより川辺の風景は大きく変った。
隅田川のプロフィール




 橋名      長さ(m)     現在の橋の完成年  最初の架橋年 記      事
@勝鬨橋 246.0 1940 同左 多いときには1日5回開閉されたが、昭和44年から中止
A佃大橋 576.3 1964 同左 佃の渡しを廃止して昭和39年に築造された橋
B相生橋 146.6 1995 1903 老朽化にともない、平成7年に全面的に架けかえされた
C中央大橋 1993 同左 平成5年に完成した隅田川では最も新しい橋
D永代橋 184.7 1926 1698 初めは元禄11年築造。討入り後の赤穂浪士はこの橋を渡って高輪泉岳寺に凱旋した
E隅田川大橋 385.8 1979 同左 首都高速の橋だが歩道があり、人も渡れる
F清洲橋 186.2 1928 同左 ライン川に架かるケルンの大橋を手本に造られた
G新大橋 170.0 1976 1693 両国橋が大橋の別名を持つため、こちらは新大橋と呼ばれた
H両国橋 164.5 1932 1659 千住大橋につぎ隅田川では2番目に歴史のある古橋
I蔵前橋 173.4 1927 同左 関東大震災の復興計画として架橋された
J厩橋 151.4 1929 1874 明治7年に最初の木橋が架けられ、現橋は3代目
K駒形橋 146.3 1927 同左 昭和2年に現在の橋が架かるまで駒方の渡しが続いていた
L吾妻橋 150.1 1931 1774 浅草に近い。橋際から隅田川ラインの船が発着する
M言問橋 236.8 1928 同左 現在国道6号線が通る
N桜橋 169.5 1985 同左 隅田川でただ一つの歩行者専用橋で、X字型をしている
O白髭橋 168.8 1931 1914 かつて「橋場の渡し」があり、千住大橋のできる前は隅田川を渡る人は最も多かった
P水神大橋 157.0 1988 同左 近くの「隅田川神社(水神宮)」にちなむ命名
Q千住大橋 91.7 1927 1594 隅田川に初めて架けられた橋で、それまでは渡し舟だけだった
(参考)           隅田川の主な橋の一覧