奥多摩湖バス停で下車すると、周辺はちょうど桜の満開だった。4月の末だから、やはり下に比べると開花時期はかなり遅い。湖水を眺めながら、のんびりと快適に歩く。途中に鶴の湯温泉郷があるが、ここの湯は湖底に沈んでしまったかつての源泉からポンプアップしているのだという。やがて峰谷橋が見えてくる。
このコースでは奥多摩湖バス停で下車し、そこから奥多摩湖沿いに青梅街道を鴨沢まで歩く。車の通行はそれほど多くはなく、全線で奥多摩湖と周辺の山々を望むことができるので、なかなか快適である。
奥多摩湖 バス停〜ドラムカン橋〜深山橋〜鴨沢バス停 
約9Km
峰谷橋を渡ってトンネルをくぐったすぐ左手の道を登ってゆくと、小河内神社がある。ここは湖に突き出た高台になっており、左右に湖水を見下ろし気持ちが良い。この神社は、旧小河内村にあった金御岳神社など9社11神を合祀して創建された。小河内地区の鎮守神で、首都用水の守り神でもある。元の道に戻ると、少し先にはドラムカン橋がある。ドラムカンの浮力を利用した橋で、湖の対岸まで通じている。私は何年か前に三頭山に登ったときに下山路としてこの橋を渡ったことがある。立派な登山コースになっているのである。また、湖の東側には、奥多摩の盟主、御前山のどっしりとした山容を望むことができる。
さらに青梅街道を歩いてゆくと、前方に深山橋が見えてくる。この橋は湖の両岸を結ぶ唯一の橋である(ドラムカン橋を除く)。この橋を渡ると山梨県小菅村方面に出ることができる。
なおも先に進むと、留浦(とずら)集落に着く。ここにもドラムカン橋がある。先ほどの麦山のものよりもやや長さは短いが、立派な橋である。ただし、ドラムカン橋は湖の水位や気象状況などによっては通行止めや取り外しなどもあるので、安定した道路とはいえないだろう。
留浦集落の先に鴨沢橋があり、これを渡ると山梨県鴨沢となる。この辺になると奥多摩湖は幅を狭め、丹波川の様相を見せ始める。ところで、バスの便は鴨沢から先、お祭を経て丹波まであるが、鴨沢から先はぐっと便数が少なくなってしまう。この日もできればお祭バス停まで行きたかったのだが、バスダイヤの関係で、ここからの始発バスで帰ることにした。鴨沢は雲取山の下山路になっており、実は次の週にまた、ここからバスに乗ることになる。
多摩川を歩く14
峰谷橋
奥多摩湖畔の桜
ドラムカン橋(麦山)
御前山を望む(小河内神社付近より)
ドラムカン橋(留浦)
深山橋
雲取山登山路から丹波川を望む
留浦から湖尻(丹波川)方面を望む
このコースの見どころは、なんといっても奥多摩湖そのものです。奥多摩湖は小河内ダムによって堰き止められてできた人造湖です。

{小河内ダムのプロフィール}
・堰堤の高さ149m、堰堤の長さ353m、基部の幅は131m。
・ダムの有効貯水量は1億8540万u。
東京都の年間使用量の約20%を担う。現在、東京都の水の約80%は利根川水系の水であり、小河内ダムは緊急時の備蓄ダムの性格を持つ。満水で東京都の約40日分の使用量に相当するという。
・有効水深は101.5m(最大深度142.5m)
・工事人員延べ500万人
・工事に伴う移転家屋945戸(約6000人)

{小河内ダムの歴史}
・昭和7年  東京市がダム工事計画案を可決
・昭和8年  村民移転準備にかかるが、東京市と神奈川県「二ヵ領用水組合」との話がつかず、工事着工ストップ。村民は買収費も移転費ももらえず、畑や山も荒れ果ててゆく。村民の悲惨な生活が始まる。
・昭和13年 ダム工事着工。
・昭和18年 戦争のため工事一時中止。
・昭和23年 ダム工事再開。小河内村解村式。村民の移転が続く。
・昭和32年 ダム竣工。旧小河内村、水没。
湖底にはこのような歴史が残されているのです。





見どころなど