お祭りバス停〜保之瀬〜丹波山の里〜滑瀞〜おいらん淵〜(一の瀬林道)〜一の瀬高原(民宿泊)  約20Km  
お祭りバス停から雲取山に登ったのは、もう6年前のことになります。いつかお祭りバス停の先を多摩川源流まで歩きたいと思っていたのですが、途中1泊しなければならないのがどうも億劫で、のびのびになってしまいました。今年こそは源流をめざそうと準備を進め、5月1日〜2日の連休で笠取山南面にある多摩川源流・水干まで到達しました。
新宿駅7時44分発の「ホリデー快速」奥多摩行きに乗ると、奥多摩駅には9時14分に到着する。駅前から9時30分発の丹波ゆきのバスが出る。今日は、連休中なので臨時便があり、2台続けて発車するがいずれもほぼ満員である。お祭りバス停には10時10分ころ着いた。ここまで10人くらい残っていた乗客もすべてここで降りる。皆、ここから雲取山に登るのだろう。私が目指すのは笠取山なので、本当はこのバスの終点・丹波まで行ったほうが近いのだが、このバス停から先はまだ歩いていないので、私もここで降りてバス道(青梅街道)を歩くことにする。バス停の少し先で、雲取山に向かう後山林道が分かれてゆく。青梅街道(国道411号線)はこの先で親川橋を渡り、丹波を経て塩山まで続いている。私は、この道を一の瀬林道の入り口まで約15Km歩くことになる。
やがて前方の谷あいにちょっとした集落が見えてくる。保之瀬(ほうのせ)の里である。戸数は24軒。集落の南側にある高橋山法興寺は平安時代初期の創建と伝わる古い寺だという。こんな谷底の集落にそのような古い寺があるなんてすごい。(残念ながら見逃しましたが)
丹波山の里を抜けると、また人家はまったくなくなる。国道歩きだが時折車が通るくらいで、数は多くはない。丹波川の流れと周囲の森の緑が調和して、明るく広々としたなかなか気持ちのよい道である。かなり前にこの道を車で通ったことがあり、そのときもいい道だなと思ったが、その道を徒歩で通ることになるとは思わなかった。
国道の羽根戸橋の少し先に、滑瀞峡の案内板が立っている。この辺の両岸は岩が切り立つように迫っており、岩をなめるように川が流れているので、ナメトロという。川辺には下りてゆけないが、見晴らしのよい岩に腰掛けて、ここで家で作ってもらったおにぎり弁当を食べる。12時半ごろだった。
おなかもいっぱいになり、また元気に歩き始める。これから先の丹波川は、両側に岩壁が迫り、細い急流になっているところが多い。この先にある牛金淵というのがもっともこのような状態が長く続いているということなのだが、国道からは木々に覆われてその全貌は見えない。多摩川水流を全区間遡行した大内さんもこの辺りが一番苦労したと書いている。
やがて前方に三重新橋が見えてくる。この辺で丹波川に黒川谷と泉水谷が合わさり、3つの流れが重なるところから三重(さんじゅう)河原という。
そこから少し先の街道脇に「尾崎行雄水源踏査記念碑」がある。明治42年(1909年)5月、当時の東京市長尾崎行雄は、多摩川の荒廃した水源地帯を5日間にわたって踏査し、これを買収して水源の涵養を自ら行うことを決断、給水100年の計を樹立した。この記念碑は、昭和38年(1963年)この尾崎市長の功績を後世に伝えるため、踏査を行ったこの地に設置されたものである。
さらに国道を行くと、谷を渡る大きな橋が見えてくる。これは一の瀬橋で、下を流れるのは一の瀬川である。一の瀬川と柳沢川がこの付近で合流し、丹波川となるのである。一の瀬川のほうが本流で、多摩川の源流となっている。
国道は、これから先は柳沢川に沿って進むことになる。合流点から柳沢川沿いに国道を100mくらい行ったところに、大きな二段の滝がある。「おいらん淵」というが、地元の人は昔から銚子滝と呼んでいるらしい。
おいらん淵の少し先に、一の瀬林道の入り口がある。今日は、この林道を通って一の瀬高原まで行く予定である。案内板があり、一の瀬高原まで6Kmとなっている。現在の時刻は14:20なので、16時前には宿泊予定の民宿には到着できるだろう。
林道は完全舗装、車もほとんど通らず静かで気持ちのよい道である。ただし、川よりずっと高い位置を走っており、谷の木々も深いので川の姿はほとんど見えない。
林道を1時間くらい歩くと、ようやく川の流れが近づいてきた。林道が小さな橋を渡るところで、川の様子がよく見えた。小さな滝が五段くらい連なっている。この辺は小さな支流がいくつもあり、それらが合流してだんだんと大きな水流になってゆく。林道も九十九折を繰り返すようになり、だんだんと高度を上げてゆく。ここまでの疲れも加わり、まだかなあと思いはじめたころ、一の瀬高原の案内板が出てきた。ここには、キャンプ場、民宿、貸し別荘などがあるようだ。
本日の宿泊場所・民宿「しゃくなげ」は、林道沿いにある。到着は15:40だった。今日はそれほど暑い日ではなかったが、やはり最後の登りで一汗かいたので、早速、一風呂浴びた。夕食後、19:30ころには床についた。さあ、いよいよ明日は多摩川源流到達だ。
丹波山の里は、江戸時代、甲州裏街道(青梅街道)の山の宿場町として開け、今も中心部に「宿(しゅく)」の地名を残している。険しい丹波川谷に隔てられ、静かだった山里も小河内ダムの建設に伴って青梅街道が整備されると、否応なしに都会の経済に巻き込まれ、転出者が急増した。ピーク時の昭和35年に2390人を数えた人口は、現在は971人。明治初期よりも少なくなってしまったという。
青梅街道に戻り先を進む。やがて、前方に丹波山村の中心部が見えてくる。
見どころなど
このコースは、ほとんどが青梅街道(国道411号線)という車の通る道を歩くのですが、交通量はそれほど多くはなく、歩いても気持ちのよい道です。渓谷の木々の間から時折姿を見せる丹波川、渓谷の緑。そして、時々は水辺近くに下り、水に触れることもできる。現在の国道は、昔の青梅街道(甲州裏街道)を整備したもので、丹波山の里、保之瀬集落などもそのままの場所に残っています(昔の面影はまったくありませんが)。私の趣味からすれば、川歩きと街道歩きを同時に行ったようで満足できるコースでした。
なお、今回私はこれまでの経緯上、お祭りバス停から歩きましたが、バスの終点丹波バス停からなら時間をもっと短縮することができます。バス終点から一の瀬林道入り口まで約9Km、そこから一の瀬高原まで約6Kmですから、全部で約15Kmの道のりです。これなら、4時間もみれば余裕で歩けます。また、民宿の状況ですが、一の瀬高原には2軒、作場平方面に1軒あります。私は予約なしで行きましたが、連休中でも大丈夫でした。私の泊まった民宿は、その日は5人の宿泊客があったようです。1泊2食付きで6000円です。(民宿「しゃくなげ」TEL:0553-34-2135)





林道と川が近づいた
民宿「しゃくなげ」
一の瀬高原キャンプ場付近
林道から時折見える一の瀬川
林道の様子
一の瀬林道入り口の案内板
おいらん淵(銚子滝)
一の瀬橋
尾崎行雄水源踏査記念碑
三重河原と三重新橋
牛金淵付近の丹波川の流れ
岩壁の間を流れる水流
滑瀞(ナメトロ)峡
羽根戸橋付近から丹波川を見下ろす
丹波山村の中心部
丹波山温泉「ぬめこい湯」が村の入口、街道沿いにある
丹波山の里は、かつて甲州裏街道(
青梅街道)の宿場町
だった
保之瀬(ほうのせ)集落
保之瀬の丹波川
親川バス停の少し先で、川に降りてゆく細い道があり、川辺に出ることができる。
丹波(たば)川の流れ
親川橋からは、丹波川(多摩川)とその支流の後山川の合流点の様子がよく見える。写真の下から上に流れ込んでくるのが後山川である。
親川橋から丹波川と後山川の合流点を望む
多摩川を歩く15