玉川上水の歴史へ

9:30頃、西武拝島線の玉川上水駅に着いた。駅前には玉川上水が流れており、今回は左岸を小平監視所方向に歩く。左岸側からは、小平監視所の玉川上水終端施設の様子がよく見える。まず、取水口には塵芥を取り除くための大きな鉄柵と水量調節の水門が設けられている。そこを通った水は、次に沈殿槽をとおり、小さなゴミ類も取り除いた上で東村山浄水場まで送られる。野火止用水は、かつてこの辺りで分水していたはずだが、現在はその跡は残っていない。

沈殿槽
水門から取り入れられた水は沈殿槽をとおり、小さなゴミ類も取り除かれた上で浄水場に送られる

玉川上水小平監視所取水口
玉川上水は、この施設で塵芥などを取り除いた上、送水管で東村山浄水場まで送水される

さて、小平監視所を過ぎると、西武拝島線の線路沿いに緑道が続いている。野火止用水はこの緑道の延長線上にあるので、しばらくこの道を歩く。私が歩いたのは木々が葉を落とした時期だったが、新緑、紅葉の時期などさらにすばらしいだろう。今日は風もなく、穏やかな日和で、犬の散歩、ジョギングの人などいつもの朝の風景が見られた。付近には、「野火止用水歴史環境保全地域」の立札が立てられており、玉川上水と同じ扱いである。この道は、次の東大和市駅まで続いている。

野火止用水歴史環境保全地域」
東京都条例に基づく歴史環境保全地域である旨の立札が立っている付近の様子

野火止用水緑道
野火止用水は、この道の先にある。次の東大和市駅までこの道は続く

東大和市駅前の青梅街道を渡り緑道はさらに続くが、町の中の道という感じで、先ほどまでの趣はない。やがて、道沿いに小さな川が現れる。これが野火止用水なのだろうか?あまりに人工的な川が唐突に現れるので不思議に思い、近くで川の清掃をしていた人に聞いてみた。「たしかにこれは野火止用水ですが、この区間は親水公園風に水を循環して流しています」とのこと。かつてはここも自然の野火止用水が流れていたが、現在の自然の流れはもう少し先ということだった。少し先に、「ここでホタルを育てています」という立札が立っていた。こんなところでもホタルが育つんだと感心した。昔はこの辺の用水べりにはたくさんのホタルがいたのだろう。

ここで、野火止用水について簡単にふれておこう。(新座市教育委員会・説明板より)

「武蔵野のうちでも野火止台地は特に高燥な土地で、自然の水利には恵まれませんでした。川越城主松平伊豆守信綱は、私領であるこの地方を開発するため、江戸の上水道を完成した功績により、玉川上水から3割の分水許可を得て、承応4年(1655)野火止用水を完成しました。用水路は、多摩郡小川村(現在、東京都小平市)から野火止台地を経て新河岸川に至るまでの全長25キロメートルに及びます。・・・」

玉川上水からの分水口は小平監視所の辺りにあり、今まで歩いてきた道に沿って流れていたが、現在ではその部分は暗渠化されている。先ほどの人工の小川が途切れ、その少し先から自然の野火止用水が姿をあらわす。近くに「野火止用水 清流の復活」と刻まれた大きな石標が建っている。石標のとおり、野火止用水にも「清流」が復活している。流域の急激な都市化により川は次第に汚濁し、流れに泳ぐ魚や用水で遊ぶ子供の姿をみることは出来なくなった。そこで、東京都と埼玉県で復元・清流復活の事業に着手し、昭和59年に完成した。玉川上水の「清流復活」より2年前のことである。なお、玉川上水駅からこの放流口までは約2.5Kmほどである。

ホタルを育てている場所
少し先に、ここでホタルを育てていますという立札があった。昔はホタルが多かったのだろう

親水公園風の野火止用水
ここは、自然のままの野火止用水ではないが、昔はこの位置に自然の流れがあったという

用水に沿って少しゆくと、中年の男性が対岸の茂みを指差して、「あそこにアオサギ(注)がいますよ」と教えてくれた。ちょっと薄暗いところだが、目が慣れてくると確かに大きな鳥がいる。頭と背中、そしてくちばしが青く、頭には白い毛が二本突っ立っている。私はアオサギをはじめて見たが、確かにこれは青いサギだ。はじめ正面を向いていたが、ちょっと横を向いたところでとった写真が下の写真である。私がその場を去った後も、人が何人か集まり熱心に見ていた。まだ、じっとしているのだろう。

(注)その後、図鑑で調べたところ、この鳥は「ゴイサギ」のようだ。確かにアオサギという鳥はいるのだが、とまっているときは全体的に灰色に見え、頭の冠羽は黒い。ゴイサギの特徴はまさにこの写真のとおりなので、この鳥は「ゴイサギ」と訂正する。ゴイサギは夜行性なので、薄暗いところでじっとしていた理由もわかる。

野火止用水「清流」の放流口
岩の間から自然に流れ出す感じである。「清流」の元は玉川上水と同じく昭島市の多摩川上流処理場で作られる下水処理水である

「野火止用水 清流の復活」石標
玉川上水より2年早く、昭和59年に野火止用水の「清流」が復活した。ここからしばらくの間は、用水の流れと広い雑木林の続くすばらしいエリアである

この辺の流れは、時折ほのかに漂う臭気を除けば、武蔵野の雑木林を流れる清流そのもので、かつての姿を髣髴とさせる。小さな橋がいくつかかけられ、川辺に降りることの出来る場所もある。放流された大きな鯉の姿もあちこちで見られる。玉川上水に比べると水量がやや少ないのでその分やや小ぶりだが、玉川上水の風景と遜色はない。

やがて、前方に自動車道路が見えてきて、東野火止橋という立派な橋が架かっている。道路には車があまり通らないので、静かな環境を乱すこともない。道路を越えると、川沿いには民家が迫ってくるが、川沿いの道は確保されている。この道を少し歩くと、再び広い雑木林が現れる。「こならばし」という小さな橋があり、放流口からここまで1km、ここから八坂駅まで1.7Kmの案内表示板があった。

玉川上水駅〜玉川上水小平監視所〜野火止用水放流口〜八坂駅〜野火止通り〜平林寺〜新座駅(JR武蔵野線)     約 20Km

「こならばし」付近
少し先の「こならばし」付近で、再び雑木林が現れる

東野火止橋
広い雑木林はここでいったん途切れ、、川沿いに民家が迫ってくる。

川沿いの林はしばらく続き、やがて右手に大きな団地が見えてくる。道も広い舗装道路となるが、車は少ない。この辺にも大きな鯉が悠々と泳いでいる。左手に明治学院東村山高校が見えてくる。この辺は、短い区間だが一部暗渠化されているところもある。この辺の用水べりに建っている民家の中には、マイブリッジを設けている家も何軒か見られた。また、これだけ用水に近いと例の臭気も風向きによっては結構気になるのではないかと思った。歩いていても、ふと、臭気を感じることがあったから。

マイブリッジのある家
その家だけのための小さな橋がかけられている家が何軒か見られた

団地脇を流れる野火止用水
この辺にも大きな鯉が悠々と泳いでいた。これから先は、川沿いには車の通る舗装道路が続く

やがて、西武国分寺線の踏切を渡り、その少し先で交通量の多い府中街道を横断する。その先には西武多摩湖線の八坂駅が見える。この駅は高架駅で、その下をくぐって反対側に出ると前回歩いた多摩湖自転車道にぶつかる。この日ものんびりと散歩する人が多く見られた。なお、野火止用水のハイライトは玉川上水駅からこの八坂駅までの約5Kmの区間で、手軽な散歩としてはここで切り上げてもよい。私はこれから先、埼玉県新座市の平林寺まで歩く予定である。

野火止用水は少し先で暗渠になってしまい、その上は自転車歩行者専用道となっている。そのまま進むと、西武新宿線の久米川駅付近の踏切を渡る。その少し先に新青梅街道があり、これを横断すると用水が再び姿をあらわす。用水沿いの道路は、車がやっとすれ違えるくらいの細い道だが、結構車が通る。この辺にも大きな鯉が悠々と泳いでおり、道路と対照的だ。

少し先に「恩多野火止水車苑」というのがある。小さな公園になっていて、大きな水車が回っている。ここには1782年(天明2年)頃から1951年(昭和26年)まで直径7.5m、幅0.9mの大きな水車があり、精米、精麦と製粉の動力源として利用されてきたという。その少し下流に「ホタルを飼育しています」という囲いがあった。水車とホタルか、昔はこの辺はのどかな風景だったのだろうなあ。たくさん育つといいですね。

ホタルを飼育している場所
玉川上水でも、野火止用水でも何箇所かで飼育しているが、成果のほどはどうなのだろうか

恩多の水車
用水沿いにある大きな水車。昔は胸掛式で、現在のものとは違うようだが、雰囲気は伝わる

やがて、道は野火止通りという車の多い道と合流する。用水はこの道路に沿って流れてゆく。少しゆくと右手に雑木林があり、この中の道を歩くことが出来る。静かな気持ちのよい道がしばらく続く。この付近も野火止用水歴史環境保全地域になっている。

野火止通りはさらに交通量の多い道路と合流し、野火止用水はだんだん細くなるが、きちんと遊歩道が設けられている区間もある。そこに埼玉県と新座市教育委員会が立てた説明板があった。少々長くなるが、一部を引用させていただく。

「・・・用水敷は、おおむね4間(7.2m)あり、水路敷2間を中心にして、その両側に1間ずつの土あげ敷をもっていました。水路は地形的に高いところを選んで掘りつながれ,屋敷内に引水したり、畑地への灌漑および沿線の乾燥化防止に果たした役割はきわめて大きいものでした。
水路は昭和37,8年頃までは付近の人々の生活水として利用されていましたが、急激な都市化の影響により、水は次第に汚濁し、流れに泳ぐ魚や用水で遊ぶ子供たちの姿を見ることはできなくなってしまいました。そこで、昭和49年から、東京都と埼玉県・新座市で復原・清流復活の事業に着手し、本流と平林寺堀の一部を復原しました。」

説明板に添えられた写真
昭和37,8年ごろまでは、このように生活用水として利用されていたという

説明板の立っていた付近の様子
この辺は、埼玉県新座市になっている。流れは細々ながらも、存在をアピールしている

少し先で西武池袋線の踏切を渡る。ここからは、清瀬駅が近いようだ。ところで、寒いときにはできるだけ暖かいものを食べたいのは人情である。コンビニ弁当にしても、できるだけ食べる直前に買って暖めてもらうことにしている。今日は、ここまでの道沿いに適当なコンビニがなく、弁当を買いそこねてしまった。時計を見ると13時、ちょうど道沿いにファミレスを見かけたので、ここで昼食をとることにした。
おなかもいっぱいになり、元気に歩きつづける。やがて、水流が二つに分岐する場所に出る。左が本流で、右のやや細いのが平林寺堀である。私は、本流に沿って歩くことにする。この辺は交通量も少なくなり、畑も広がってのどかな風景である。

野火止用水本流風景
ようやく昔の野火止用水を感じさせるような風景になった

平林寺堀の分岐点
平林寺で利用するために掘られた用水が右に別れてゆく

やがて、野火止用水沿いに「桜並木の本多緑道」という大きな案内板が現れ、桜並木が続いている。桜の時期にはきっと見事なのだろう。今年は開花が遅れる予想で、今日(3月21日)の時点ではまったく開花の気配はない。この緑道の先は関越自動車道が走っているため、迂回しなければならない。用水は長い懸樋で高速道路を越える。

関越自動車道を渡る野火止用水
人は渡れないので、迂回しなければならない

桜並木の本多緑道
野火止用水の脇に桜並木が続いている

一般道路で関越自動車道を越えて本流に戻ると、残念ながら川沿いの道がない。仕方がないので、できるだけ川から離れないように道を探りながら歩いてゆくと伊豆殿橋に出た。ここからは広大な平林寺の境内に沿って野火止用水本流が続いており、遊歩道が設けられている。私はこの本流の遊歩道に沿って歩いた。道はよく整備されており、気持ちよく歩ける。ただし、平林寺境内に入るためにはかなり遠回りになる。平林寺の正門へはこの伊豆殿橋を渡って自動車道を行くほうがずっと近い。

広大な平林寺の周辺をぐるっと回って、ようやく正門に着いた。正門前はバス通りになっており、車の通行も多い。拝観料300円也を払って中に入る。境内には鬱蒼とした林が広がっている。現在、ここは「平林寺境内林」として国指定の天然記念物となっている。説明板があり、「この林は、東京近郊の武蔵野の雑木林が減少の一途をたどっている現在、広い面積にわたって自然の残されたものとして貴重であり、境内を中心とした約56ヘクタールが、国の天然記念物に指定されています」とある。指定は昭和43年5月28日である。

国指定天然記念物の平林寺境内林
コナラ、アカマツ、エゴノキ、クヌギ、クリなどの林からなり、林床にはクマザサなどが環境の変化に応じて優占している

平林寺正門前付近の様子
正門前はバス通りになっており、近くにバス停もある

平林寺はもともと岩槻にあり、大河内松平家の菩提寺であったが、野火止用水が完成したのち松平信綱がこの地に引寺したものである。広い境内の中に野火止用水(平林寺堀)を引水して利用し、林の涵養にも役立てた。昔のままの堀跡が残されているが、現在はそこには水は流れていなかった。また、野火止塚というものも残されている。昔は野火の見張り台として使われ、この平野の各所に見られたという。

野火止塚
野火の見張り台として使われた。昔はこの地方によく見られたという

境内を流れる野火止用水(平林寺堀)
昔のままの堀跡が残されているが、ここには現在、水は流れていない

平林寺境内は広く、案内図によれば順路を1周すると2.5Kmあり、約1時間かかるとある。私も、40分くらいかけて歩き、正門に戻ったのは15:40頃だった。すぐ前にバス停があり、朝霞方面などへ出られるのだが、私は武蔵野線の新座駅まで歩くことにした。国道254号線に出て川越方面に行けば新座駅に出られる。途中で再び野火止用水に出会うことができる。野火止用水は広い国道を暗渠で越え、道路を渡った先で姿をあらわすが、少し先で再び暗渠になって新河岸川まで流れてゆく。私はそれを見届けたうえで国道に戻り、駅に向かった。新座駅に着いたのは16:10だった。

   

ゴイサギのいた辺りの様子
人のいる辺りの対岸の茂みの中に、ゴイサギは静かに佇んでいた

用水べりで見かけたゴイサギ
対岸の茂みの中に、ゴイサギがいた。夜行性の鳥で、昼間はじっとしている

親水ゾーン
川辺に下りて、じっくりと川を眺めることも出来る

武蔵野の雑木林を流れる清流
所々に放流された大きな鯉の姿を見かける

野火止用水を渡る多摩湖自転車道
高架の線路をくぐり抜けると、野火止用水は多摩湖自転車道と交差する
この小さな橋に自転車道が通っている

府中街道(手前)と八坂駅
交通量の多い府中街道を渡ると、その先には西武多摩湖線の八坂駅がある(高架駅)

暗渠化された野火止用水
八坂駅の少し先で用水は暗渠化され、しばらくの間、自転車・歩行者専用道となる

再び姿をあらわした野火止用水
西武新宿線、新青梅街道を越えると再び姿をあらわす
これから平林寺までは地上を流れる

平林寺境内西辺を流れる本流
野火止用水本流は、平林寺境内の西辺に沿って流れる。遊歩道が設けられている

伊豆殿橋
平林寺境内の先端付近にある橋。松平伊豆守信綱にちなんだ命名である

玉川上水を歩く6

今日(2005.3.21)は、野火止用水を玉川上水小平監視所から埼玉県新座市の平林寺まで歩いた。

野火止用水歴史環境保全地域
気持ちのよい遊歩道が用水沿いに続く

野火止通りと野火止用水
野火止用水はやや細い流れとなっているが、まだまだ主役である

玉川上水を歩く