取手駅〜大利根橋〜栄橋〜木下河岸跡〜安食駅  約23Km
       《オプション》 我孫子駅〜手賀沼散策

このコースは1999年11月に歩いた。取手から銚子まで5回に分けて歩いた第1日目である。1999年といえば、私にとっては川歩きの最盛期の年で、これまでに石神井川、妙正寺川、目黒川、江戸川、荒川、中川、利根運河などを歩き、11月にばそろそろ利根川に挑戦しようかという時期だった。とにかく歩くのが楽しい時期で、ただひたすら川を歩いていた記憶がある。それだけに、いざ紀行文をまとめようとすると見落とした部分が多々あり、このたび(2006年6月4日)取手から木下まで歩きなおした。なお、このときは我孫子から手賀沼の散策も付け加えた。

取手駅から大利根橋を渡って利根川右岸へ

JR常磐線取手駅で下車し、東京方面に戻ってゆくと利根川の土手にぶつかる。少し上流に長い大利根橋が見える。土手下の道路から歩行者用の階段がつけられているので、これで橋の上に出ることができる。この道路は国道6号線(水戸街道)で、交通量が大変多い。橋の長さは1.2Kmあるということで、私も渡りきるのに約15分かかった。両側に立派な歩道がついているので、安心して歩くことができる。橋を渡りきると右岸の土手にすぐに出ることができる。これから銚子まですべて利根川の右岸を歩くことになる。河川敷には東我孫子カントリークラブが続いており、緑の芝生が気持ちよい。

右岸より常磐線鉄橋を望む

大利根橋から下流方面を望む

利根川左岸から大利根橋を望む

古利根沼、小堀の渡し

土手に並行して県道170号線が走っている。土手の上をしばらく進むと、この県道の脇に茨城県取手市の標識が見えてくる。「あれ、ここは千葉県我孫子市のはずなのに」と気がつけば周囲への注意度抜群である。実は、私もはじめて歩いた時には、その標識にはまったく気がつかなかった。今回はそのつもりで気にしながら歩いていたので、見つけることができた。よく見ると、その目線の先には土手のような土地の盛り上がりと、川のようなものが見える。利根川は昔ここで蛇行し、かつての利根川は遠くに見える沼のようなところを流れていた。明治末年頃から政府は洪水防止のため改修工事を行い、この際に茨城県取手の住民が千葉県側に取り残されたしまったというわけだ。しかし、川を挟んで千葉県側に取り残された取手の住民は大変だ。なにせ、対岸に渡るには橋は大利根橋しかない。というわけで、ここでは市営の渡し舟が現役で稼動している。これは「小堀の渡し」といい、取手市小堀地区に住む人は無料、9時から16時まで1時間おきに運行している。
かつての流路は古利根沼として残されており、現在はヘラブナ釣りの好漁場として人気があるようだ。

小堀の渡し乗り場
対岸まで1回100円、自転車1台まで無料。ただし、小堀地区の住民はすべて無料

小堀の渡し遠望
東我孫子カントリークラブが切れたところに細い道が続き、その先に渡し場がある

利根川ゆうゆう公園

土手の上を歩いて行くと、やがて「利根川ゆうゆう公園」という案内標識が見えてくる。これは河川敷一帯に広がる自然公園で、自然観察ゾーン、スポーツゾーン、ファミリーレクリエーションゾーンの3つに分けられている。自然観察ゾーンは、自然のままの状態が残され、細い散策路を歩いて行くと途中にウオッチング広場などがあるようだ。説明版にはかつてこの辺りにたくさん見られたマガンを呼び戻そうとしているということが記されていた。隣接したスポーツゾーンには野球やサッカーのグランドがいくつか設けられ、子供たちが元気な声を出していた。さらにその先にはファミリーレクリエイションゾーンがあり、子供づれの家族がちょっとしたスポーツをしたり、川辺まで行ける散策路なども設けられている。とにかく広い自然公園で、子供づれで1日ゆっくりと過ごすには最適である。広い駐車場もあるし、ここに車を置いて付近をゆっくり散策するというのもおすすめだ。なお、この公園付近の県道沿いにコンビニがあり、私もここで弁当を買い求めた。

同 ファミリーレクリエーションゾーン
家族連れでスポーツしたり、散策したり食事をしたりできるゾーン

同 スポーツゾーン
野球、サッカーなどのグランドがいくつか並んでいる

利根川ゆうゆう公園自然観察ゾーン
河川敷の自然がそのまま残され、ところどころにウォッチング広場が設けられている

栄橋付近の利根川

さらに土手の上を歩いてゆくと、やがて前方に橋が見えてくる。千葉県我孫子市布佐と茨城県利根町布川を結ぶ栄橋である。利根川はこの付近で川の幅、対岸の堤防との間隔が最も狭くなるようだ。水防上要警戒地点なのだろう、橋の少し下流側に観測所があり、TVカメラが設置されている。時計を見ると12:30。ちょうどよい時間なので、この近くで間近に川を眺めながらの昼食にした。川面を渡る風も爽やかで、川を水上スクーターで疾走する若者の姿がカッコよかった。

布川旧跡散策

前回ここを歩いた時は、そのまま下流に向けて歩き続けたのだが、今回は栄橋を渡って対岸の布川を散策することにした。布川は利根川水運の要衝として古くから栄えた。「利根川図志」を著した赤松宗旦はここで生まれ育った。また、民俗学者の柳田国男も少年時代の一時期、この村に住んでいたことがあり、その縁の家も残っているという。それらの見学が目的である。

栄橋を渡り、土手に沿った道を下流に向けて5分くらい歩くと、道の右側に「赤松宗旦旧居跡」がある。ここにあった生家を復元したもので、小さな家だが中は資料などが置かれ自由に見学することができる。赤松宗旦はこの地で医者を開業していたが、利根川の地誌に興味を持ち資料を集め、安政5年(1858年)に「利根川図志」全6冊を完成した。いわば、利根川事典みたいなもので、埼玉県の栗橋から河口の銚子までの利根川についての伝説、漁法、祭礼、物産、神社仏閣、名所旧跡などを絵入りで詳細に書き記している。民俗研究家の間では高く評価されている地誌である。なお、現在は「新・利根川図志」という力作があり、私もこのHPをまとめるにあたりいろいろと参照させていただいている。(参考書参照)

次に、柳田国男が少年時代の一時期を過ごしたという縁の地を訪ねた。赤松宗旦旧居前をさらにまっすぐ進むと、「柳田国男記念公苑」という案内板が出ている。これにしたがって左に曲がってまっすぐゆくとマツモトキヨシの店に突き当たり、これを左に曲がると少し先にまた案内表示が出ているので、これにしたがってゆくと目的地に達する。宗旦旧居から15分くらいである。
柳田国男は、明治20年、13歳の時この地で医者を開業していた長兄のもとに預けられた。長兄、松岡鼎はこの地の名士、小川家の離れを借りて医院を開業していたのだが、そこへ国男が預けられたわけである。小川家にはたくさんの蔵書があり、少年時代の国男はそれらをむさぼり読んだ。それらの本の中に「利根川図志」もあった。柳田国男が後年民俗学者になった後、彼はこの「利根川図志」全6冊を世に送り出した。昭和13年に彼が校訂、復刻したものが岩波文庫に収められたのである。
「柳田記念公苑」は、旧小川邸を復元したものである。柳田国男は昭和26年に文化勲章を受章し、それを記念してこの公苑が設置された。蔵書が詰まっていたという蔵は、現在柳田国男関係の資料、写真などが展示されている。また、ここに和紙綴りの「利根川図志」全6冊も展示されていた。

「利根川図志」全6冊原本
国男が読みふけった本の中に含まれ、後年この本が世に出るきっかけとなった

旧小川邸の蔵
少年時代の柳田国男はこの蔵に詰まった蔵書を読みふけったという
現在は資料館となっている

柳田国男記念公苑入口
旧小川邸を復元したもの。柳田国男は13歳から3年間ここに住んでいた

布佐から手賀排水機場まで

柳田国男記念公苑の見学後は、元きた道を布佐まで戻る。かつて、水運華やかなりし頃は布川の方が河岸として賑わい、布佐は一介の漁村だったというが、鉄道が敷かれ近くに駅ができると立場は逆転した。現在の布佐は東京のベッドタウンとして利根川堤防のすぐ近くまで家が密集している。
私は、再び利根川右岸の土手を下流に向かって歩き始める。左手に利根川ののどかな風景、右側に布佐の町の家屋密集地帯という情景がしばらく続く。やがて、前方右側に道路と並行して大きな水路が見えてくる。これは手賀沼から続く排水路で、この少し先の手賀排水機場のところで利根川に排水される。手賀沼はかつて大きな湖だったが干拓が進み、最終的にはここから利根川に排水される。

手賀沼の利根川への排水地点
ここで手賀沼からの水は利根川に注ぎこむ

手賀排水機場付近の様子
ここで手賀沼からの2本の排水路が合流し、利根川に排水される。左手に手賀排水機場がある、

手賀沼からの排水路
これは、手賀沼からのメインの排水路で、北千葉導水路と呼ばれているようだ

木下(きおろし)河岸跡から安食(あじき)駅まで

手賀沼排水地点の少し先の土手の上に木下河岸跡の説明板が立っている。少々長くなるが、引用させていただく。
「寛文の頃(1661〜72)、のちに木下茶舟(きおろしちゃぶね)の名で知られる乗合船が発着するようになり、利根川下流へ向かう旅客や銚子,九十九里方面からの鮮魚荷物などで賑わうようになった。最盛期には50軒あまりの旅籠屋や飲食店が軒を連ねていた。
文化・文政期(1804〜29)に盛んになってきた江戸近郊への寺社参詣を兼ねた遊山の旅の流行とともに、利根川を下って香取・鹿島・鳥栖の三社を参詣し、銚子の磯めぐりを楽しむといった木下茶舟の旅が江戸町民の人気を集めた。・・・木下河岸は明治期に入っても蒸気船の発着場として地域経済の中心的な役割を担っていたが、明治34年の木下駅の開業に加え、大正初めの利根川堤防の改修工事により、河岸の家並みの多くが移転を余儀なくされ、次第に衰退していった。」
今、この説明板の立っている辺りを見回しても、かつての栄光を物語るようなものは何も残っていない。これまでと同じ堤防が長く続いているだけである。1999年に私がこのコースを歩いた時には、ここからさらに土手の上を歩いて安食(あじき)駅まで出た。ここからさらに10Kmくらいあり、途中、安食付近で印旛沼から流れ出す長門川の夕景が美しかったことが記憶に残っている。
さて、今回はこれから手賀沼を訪れてみたくなった。現在の時刻が14:30なので、我孫子で途中下車して手賀沼を散策する時間は十分あるだろう。さっそく土手を降りて木下駅に向かう。

安食駅付近の長門川の様子。印旛沼から続くこの川は少し先で利根川に注ぎ込む(1999年撮影)

「木下河岸跡」の説明板が建っている辺りの様子後に大規模な河川改修工事が行われており、それらしい痕跡はまったく残っていない

《オプション》 我孫子駅から手賀沼散策

木下駅から電車に乗り、我孫子駅に着いたのは15:30。手賀沼までは駅前の道をまっすぐに歩いて15分くらいである。周辺は県立印旛手賀沼自然公園に指定され、休日ともなると行楽の人が多い。
手賀沼は、周囲は38Km、面積が約6.5平方キロ。江戸時代から何度も干拓され、昭和43年には沼の東半分が完全に水田化されてしまった。現在の沼は、江戸時代から見れば約3分の1の大きさである。手賀沼は水質汚染ワーストワンとして全国的に有名になってしまったが、これは沼に流れ込む汚水のせいもあるが、沼の面積が狭くなったためもあるのだろう。
手賀沼は今でこそ周辺に人家も多くなり、水も生活雑排水等で汚れてしまったが、大正のはじめ頃は砂底から湧き水がしきりと吹き上げ、水が澄んで美しい沼であった。夕方ともなれば逆さ富士が映り、周りの丘や森もシルエットとなって旅情またひとしおであったという。大正年間、東京の文士や画家たちが何人も沼畔に住みつき、一時期ささやかながら文士村の観を呈した。

沼の東側には、長い大きな橋が見える。手賀大橋である。公園からこの橋まで沼のほとりを巡る遊歩道がつけられている。葦が茂っていて直接沼を見ることはできないが、気持ちのよい道である。途中に文学の広場というのがあって、手賀沼のほとりに住んだ文人、画家などがパネルで紹介されている。武者小路実篤、柳宗悦、志賀直哉、杉村楚人冠、中勘助、瀧井孝作、バーナード・リーチ、嘉納治五郎といった面々である。

沼畔の様子
沼のほとりで子供が釣り糸をたれていた。近くの大人のビクの中には大きなフナが何匹か入っていた。のどかな風景だ

公園から沼の西方向を望む
かつて、沼に映る逆さ富士が望めたというが、今でもその面影はある。遊覧船、ボートがシルエットになって浮かんでいた

文学の広場
手賀沼縁の文士、芸術家がそれぞれパネルで紹介されている

沼のほとりの遊歩道
公園から手賀大橋までこのような遊歩道が続いている

公園から東方向を望む
遠くに見える橋が手賀大橋である

手賀大橋まではのんびり歩いて20分くらいである。橋が近づくと遊歩道から葦越しに橋の姿が見えてくる。橋の上からの東側の眺めはなかなかすばらしい。白い帆のヨットが浮かび沼の景色を引き締めている。江戸時代から比べると3分の1の広さになってしまったというが、ここから眺める風景は広々として気持ちがよい。
帰りはほぼ同じ遊歩道を戻ったが、途中で道をはずれ、白樺文学館を探した。場所は見つかったが、今回は時間も遅くなったので入館はしなかった。付近には志賀直哉旧宅跡、杉村楚人冠旧宅などいろいろあるらしいがすべて今回は省略した。この辺はまた、改めて散策してみよう。
我孫子駅に着いたのは17時頃、今日はいろいろなものを見ることができて楽しかった。(2006年6月4日)

手賀大橋から東側を望む
江戸時代から比べると3分の1になったというが、ここから眺める沼の風景は広大である

手賀大橋
県道船橋、取手線が通っている。橋の向こう側は沼南町である

国土交通省布川観測所
利根川はこの辺りで川幅がもっとも狭くなるので、TVカメラで水位を常時観測している

栄橋
千葉県布佐と茨城県布川を結ぶ橋。利根川にかかる橋としては大変短いが、その分歩行者、自転車などの通行が多い

旧居跡内部の様子
二間ほどの小さな家だが、中には「利根川図志」の関連資料が展示されている

赤松宗旦旧居跡
「利根川図志」の著者、赤松宗旦の生家を復元したもの。中は自由に見学できる

古利根沼の様子
かつての利根川の流路。この沼の中央が現在も県境となっている

取手市小堀地区の様子
100戸近い集落が河川改修の際に千葉県側に取り残された

茨城県取手市の標識
ここからしばらくの間、我孫子市に残された取手市の飛び地となる

利根川を歩く1