滑川駅〜常総大橋〜神前大橋〜水郷大橋〜佐原駅  約17Km
 《オプション》佐原駅〜旧佐原町並散策、佐原水生植物園、十二橋めぐり

滑川駅から佐原駅までは1999年12月11日に歩いている。このコースはあまり変化がないので、この部分はそのときの様子を紹介することとし、今回(2006年6月19日)は佐原周辺の観光地を歩くことにした。このときはちょうど「あやめ祭り」の期間中だったので、佐原水生植物園、水郷十二橋めぐりまで足をのばした。

滑川駅から神崎(こうざき)大橋まで

JR成田線滑川(なめがわ)駅で下車し、川の方向に歩いてゆけば利根川の土手に出る。この土手上を国道356号線が走っている。すぐ先の常総大橋の辺りにはかつて源田河岸があって、水運時代には荷の集積で賑わったという。土手道をしばらく行くと水辺におりて行ける場所があった。ここから見る利根川は川幅も広く、悠々と流れる大河であった。遠くに見える常総大橋はシンプルだが、それなりの風格がある。

土手道をさらにタンタンと進む。やがて前方に赤い橋が見え始め、道の脇に「海から50Km」の標識が現れた。利根川では500mおきにこのような標識が立っている。このような標識は土手道のある大河には必ず立てられており、参考になるとともに歩く励みになる。今日歩き始めた常総大橋の手前には「海から55Km」の標識が立っていたからすでに5Km歩いたことになる。
赤いアーチ橋が近づいた。神崎(こうざき)大橋である。この橋は私が歩いた1999年当時は、両側に歩道がなく、歩行者にとっては恐ろしい橋だった。その後、歩行者専用橋の工事が行われたらしい。橋から2KmくらいのところにJR成田線の下総神崎(しもうさこうざき)駅がある。

神崎大橋から水郷大橋まで

神崎大橋を過ぎ、さらに土手道をタンタンと進む。利根川はゆるい蛇行を繰り返し、川も河川敷も広い。その広い河川敷に4,5頭の牛が放牧されていた。近くまで下りていったらキョトンとした顔でこちらを見ている。近くの農家が飼っているのだろうが、土手脇を走るあの国道を横断するのは大変なことだろうと思った。

やがて前方に大きな斜張橋が見えてくる。水郷大橋である。この橋は国道51号線が通っており、千葉、佐原から水郷方面への玄関口になっている。緑色の橋桁と支柱は付近に調和して水郷への入口としてふさわしい。私はこの橋を対岸まで渡ってみた。対岸の橋の近くには霞ヶ浦と利根川を結ぶ横利根川の合流口がある。ここが水郷地帯と利根川との接点の一つなのだ。
この日は対岸に渡りきったところで引き返し、佐原駅に向かった。

《オプション》 あやめ祭り、十二橋めぐり、佐原旧市街散策

佐原(さわら)には見所がたくさんある。これらの見学を目的として2006年6月19日に再び佐原を訪れた。この日はちょうど「佐原あやめ祭り」の期間中だったので佐原水生植物園、水郷十二橋めぐりまで足をのばした。


佐原水生植物園、あやめ祭り

佐原駅で下車すると、あやめ祭り期間中は駅前から水生植物園行きのシャトルバスが出ている。1時間に一本くらいで、電車の到着時間に連動しているようなので、とりあえずこのバスで水生植物園に向かった。佐原駅発10:15で水生植物園に着いたのは10:30頃だった。今日は平日で道路が空いていたので早かったのかもしれない。
あやめ祭りは5月最終土曜日から6月最終日曜日までということで、今年は6月25日までである。今日はその最後の週になるので、平日にもかかわらず結構園内は賑わっている。
約6ヘクタールの園内には、伊勢系、肥後系、江戸系など400品種150万本の花菖蒲が植えられている。また、300品種以上の花ハスも植えられ、7月中旬から8月中旬まではハス祭りが開かれるという。

形のよい花菖蒲のアップ
花の数は大変多く、中にはしぼみかけたものもある。菅笠の姉さんたちがそれらを取り除く作業をしているが、数が多いので作業が追いつかないようだ

佐原水生植物園の様子
園内の水路にはサッパ舟を浮かべ、池の中から花菖蒲を見物することもできる。
以前にはなかったサービスだ

水郷十二橋めぐり

水生植物園の入口のすぐ近くから水郷十二橋めぐりの舟が出ている。ここは与田浦といい、ここから常陸利根川に通じる水路に十二の橋が架かっており、昔の情緒が残っているという。舟はたくさんあり、お客が4,5人集まれば順次出発する。十二橋を巡って同じ場所に戻ってくるまで約40分の舟旅だ。与田浦は広い沼のようになっており、十二橋の入口までは舟はエンジンで走る。十二橋のある加藤洲は狭く、この区間は菅笠の姉さん船頭が棹で舟を操る。加藤洲といわれるこの水路は、かつてはここに住んでいる人たちにとっては生活道路のようなものだった。各家には舟があり、それを足代わりにした。この加藤洲にはそのような生活の跡が今でも残っている。
十二橋めぐりから戻り、次の佐原行きのバスの時刻を見ると13:45発である。まだ1時間近く時間があるので、植物園前の店で昼食にした。

横利根川水門及び旧閘門(こうもん)

佐原再訪問の日、私は再び水郷大橋を渡り、古い横利根閘門(こうもん)まで行ってみた。
水郷大橋は片側2車線、両側に広い歩道のついた水郷への玄関口にふさわしい立派な橋である。橋を渡り、対岸の土手を歩いてゆくと横利根川の新しい大きな水門が見えてくる。水門の前には県道が走っており、水生植物園へはこの道を通る。水路に沿って少し行くと「横利根閘門ふれあい公園」がある。説明板に「横利根閘門(こうもん)は、大正の昔から水郷地域の舟運施設として親しまれ、また、平成12年5月には国の重要文化財として指定された歴史構造物です」とある。

横利根川閘門
利根川の水が逆流しないように大正10年に作られた二重閘門で、航行する船を一旦水路内に入れ水位差を調整した後送り出す。平成12年に国指定重要文化財となった

横利根川水門
横利根川は霞ヶ浦と利根川を結ぶ水路である
この水門ができてからは古い閘門はほとんど使われなくなったという

水郷大橋
水郷への玄関口にふさわしい広い立派な橋だ
橋の中ほどに千葉県香取市(旧佐原市)と茨城県稲敷市(旧稲敷郡東町)の境界がある

加藤洲十二橋
写真のような橋が12本架かっていることからこのように呼ばれる。各家の前には川に向けて階段が設けられ、容易に舟に乗ることができる。かつては水路が道であり、舟が足だったのだ

十二橋付近の水路の様子
この少し先に狭い加藤洲の十二橋がある。この辺りには古い舟が植木鉢代わりに使われ、花菖蒲が咲いていた。これらの舟もかつては日常生活に使われていたのだろうか

佐原旧市内散策

水生植物園からのシャトルバスは、帰りは旧佐原市内の散策に便利なところで停車してくれる。このまま乗っていれば佐原駅まで行くのだが、ほとんどの乗客はここで下車した。あやめ祭りと佐原旧市内散策がセットになっているような感じだ。
バスが停車したのは、赤レンガ洋風建築の旧三菱銀行佐原支店の前。この建物の隣には「佐原町並み交流館」があって、古い町並みについての情報や散策マップをもらえる。この道を少し行ったところに川が流れている。この川は小野川といい、かつては利根川の水運で賑わった。川のほとりには土蔵造りの商家が建ち並び、平成8年に重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

伊能忠敬旧宅及び記念館

佐原といえば、やはり伊能忠敬だ。小野川べりの古い町並みの一角に伊能忠敬の旧宅がある。また、川を挟んで向かい側に新しい伊能忠敬記念館がある。彼とその協力者による測量の結果作成された地図や、測量の際に使用した測量器具などが展示されている。

(伊能忠敬略歴)
伊能忠敬(1745〜1818)は17歳で佐原の伊能家に養子となり、家業である醸造業を営んでいたが、50歳の時にその商売を子に譲り、江戸に出て天文学や測量学を学んだ。55歳から17年間、10回に分けて全国の海岸線や街道の測量を行い、この結果は日本全図(大図214枚、中図8枚、小図3枚)及び実測録(14巻)として完成した。

略歴から見ても分かるように、彼は家業でやるべきことをやり遂げ、息子に引き継いだ上で江戸に出て新たな人生をはじめている。しかも、それからの仕事がすごい。全10回の測量のうち半分くらいは、彼がたくさんのお金を出して行った測量だった。しかし、地図の正確さに感心した幕府は後半の測量ではお金を出してくれ、測量隊員の数も増え、より詳しく測量することができた。
彼はなぜ地図作りにそこまで情熱を傾けたのだろうか。彼は人生を二度生きているのだ。いろいろな展示品を見ながら、私は彼の生き方に興味を持った。

象限儀(しょうげんぎ)
天体観測を行った器具。これを用いて観測を行った場所には地図上に☆印がついている

伊能忠敬記念館
以前は旧宅の敷地内にあったが、現在は川を挟んで反対側に新しく建て替えられている

伊能忠敬旧宅
酒造りの商売をしていたので、原料や商品の船積みに便利なように小野川に面している。現在は店と住宅の一部、それに蔵が一つ残っている

この後も小野川に沿った古い町並みを歩いた。しばらく行くと古い町並みは途切れるので、普通はこの辺りから佐原駅方面に出る。そこから駅までは歩いて15分くらいである。私はそのまま小野川沿いに歩き利根川まで出た。この後利根川の土手を水郷大橋まで歩き、橋を渡って横利根水門まで行った事は先に記したとおりである。水門から佐原駅までは30分くらいかかり、佐原駅に着いたのは17時頃だった。

小野川沿いの古い町並み
この地区は重要伝統的建造物群保存地区に選定されている

小野川風景
利根川水運で賑わったこの川は、護岸は新しくなっているが、「だし」といわれる舟の乗降場は残されている
川の両側には古い建物が並んでいる

1999年当時の神崎大橋
両側に歩道がなく、歩行者にとっては恐ろしい橋だった
その後、脇に歩行者専用橋が設けられた

神崎大橋
橋を渡るとかつては茨城県稲敷郡東町。2006年の合併により稲敷市となった

海から50Km標識のある地点
歩き始めてから約5Kmの地点。遠くに赤いアーチ橋の神埼大橋が見えてくる

利根川を歩く3

利根川べりから見る常総大橋
利根川は悠々と流れ、常総大橋はシンプルだが風格がある

常総大橋西詰
国道356号線は土手の上を走っているので、常総大橋と同じレベルである

キョトンとした顔でこちらを見ている

河川敷に放牧された牛たち

水郷大橋を渡りきった辺りからの眺め
左側に霞ヶ浦と利根川を結ぶ横利根川の合流点が見える

水郷大橋
国道51号線が通り、水郷方面への玄関口になっている