佐原駅〜JR鹿島線鉄橋〜利根川橋〜小見川大橋〜笹川駅  約19Km
 

佐原から笹川まで歩いたのは1999年12月19日である。その後、この区間は歩き直しはしていないので、そのときの様子を紹介しよう。

佐原駅から香取神宮一の鳥居まで

佐原駅から利根川方面に出るには、改札口を出てから線路を越えて旧市街とは反対側にまっすぐに行く。佐原の新市街地はJR成田線の線路と利根川の間に広がっており、市役所をはじめ公共機関などもこちらの地域に集中している。市役所といえば、2006年3月に旧佐原市は周辺の小見川町、山田町、栗源町が合併して香取市となった。平成の大合併により佐原市の名前は消えたわけだ。
まっすぐに行くと、やがて利根川の土手にぶつかる。土手に上ると、河川敷には広いグランドが広がっている。この付近に海から39Kmの標識が立っていた。少し先には大きな水門が建っている。小野川の水門である。佐原は利根川の水運で大いに栄えたが、その河岸はこの小野川沿いに発展した。この水門から少し小野川を遡ると古い町並みが残っている。(前回参照)

さらに土手の上を進んでゆくと、利根川べりに木の鳥居が見えてくる。近づくと脇に、「香取神宮一の鳥居 浜鳥居ともいう」という表示杭が立っていた。土手の上から鳥居の向いている方向を見るとまっすぐに道が延びている。昔は香取神宮に参拝するにはここに船を着けて2Kmほど歩いたもので、下に見えるまっすぐな道が表参道である。香取神宮は下総一ノ宮であり、昔から鹿島神宮、息栖(いきす)神社とあわせた三社詣でが盛んで、江戸の人たちも船でしきりとやってきた。
私は神宮の方向をはるかに眺めて、そのまま通り過ぎた。今考えるとちょっと寄ってくればよかったと思うのだが。

JR鹿島線鉄橋を過ぎ、利根川橋へ

土手の上をタンタンと進むと、長い鉄橋が見えてくる。JR鹿島線の鉄橋である。利根川を渡り、潮来(いたこ)を経て鹿島神宮まで行く電車だ。この付近では国道356号線は遠くに離れ、土手の周辺には田園風景が広がっている。鉄橋を過ぎ、さらに歩いてゆくと、その田園地帯と川を一緒にまたぐ形で長い橋が見える。この橋は東関東自動車道の橋で、少し離れた丘陵から田園地帯と利根川を一気に越えてしまう。これでは長い橋になるわけだ。

富田の渡し

土手道をしばらく歩くと、川辺に向かってまっすぐに延びている道がある。この道を行くと川のほとりに船着場があった。富田の渡しである。この渡し場が残っている事情は、前に見た我孫子の小堀の渡しと同じである。この辺りは対岸の小見川町の一部で、明治時代の河川改修により分断されてしまったという。今でもこの富田新田に耕地を持つ人や、この地区に住んでいる生徒たちの通学用に渡し舟が運営されている。

水郷風景、小見川(おみがわ)大橋

利根川に並行して東側には常陸利根川が流れている。この川は霞ヶ浦、北浦から流れ出し、もう少し先で利根川に合流する。この2本の大河の間に水田が広がっているわけで、この両河川を結ぶ水路も多く見られる。この辺一帯は水郷地帯なのだ。この辺りの河川敷は広く、ススキがたくさん生い茂っていた。野口雨情は、この辺りの風景をイメージして有名な「船頭小唄」を作詞したという。やがて小見川大橋が見えてくる。私はこの橋を渡って再び利根川の右岸に移った。

左岸から見た小見川大橋
河原にはススキが生い茂り、白い穂が揺れていた。野口雨情の「船頭小唄」はこの付近をイメージしたものという

水郷風景
富田新田は利根川と常陸利根川に挟まれた地域であり、農業用水路の多い水郷地帯である

黒部川を渡って笹川駅へ

小見川大橋を渡り、利根川右岸の堤防上を歩き始める。少し先に大きな水門が見える。右岸側には利根川と並行にもう一本、黒部川という大きな川が流れている。私は今、利根川と黒部川に挟まれた土手の上を歩いているのだ。この辺りには利根川を中心にして黒部川、常陸利根川と大きな川が三本並行に流れていることになる。昔は、この三本の川はそれぞれが洲で仕切られた澪(みお)に過ぎず、総称して利根川といっていたようだ。その後、河川管理上別々の名前がつけられ、それぞれに堤防もつけられるようになった。
黒部川に架かる細く長い橋を渡り、まっすぐ行くと国道356号線に出る。これを横断し、さらにまっすぐ行けばJR成田線笹川駅に出る。笹川は「天保水滸伝」の笹川繁蔵で有名だが、現在は東庄(とうのしょう)町となっている。

利根川と並行して流れる黒部川
かつては利根川の澪(みお)だったが、現在では独立した川として堤防や水門を備えている。川幅の広い沼のような川だ

利根川と黒部川を結ぶ水門
利根川のすぐ近くに黒部川が並行して流れており、土手の上からは両方の川を望める

  

佐原付近の河川敷(海から39Km)
広いグランドが続いており、それぞれに運動を楽しんでいた。近くに「海まで39Km」の標識が建っている

小野川水門から上流方向を望む
ここから少し遡れば、川沿いに佐原の古い町並みが広がっている

小野川水門
利根川から少し引っ込んだところに水門が設けられている。付近に大きな浚渫(しゅんせつ)船が3、4隻係留されていた

土手の上から香取神宮方面を望む
前方の森が香取神宮。それに続く道が表参道となる土手の上に古い常夜灯が1基建っている

香取神宮一の鳥居(浜鳥居)
船から上がったところが一の鳥居..。昔は船でやってくる参詣者が多かった

鉄橋付近の土手道から下流方向を望む
周辺は田園地帯で、遠くに東関東自動車道の長い高架鉄橋が見える

鹿島線鉄橋
鹿島線は佐原から鹿島神宮まで行き、さらにその先は鹿島臨海鉄道で水戸まで出ることができる

利根川橋(東関東自動車道)を渡り、左岸へ移る

利根川橋は、東関東自動車道の橋なのだが、歩行者用の通行スペースも設けられている。土手からこの橋に上ることができるので、私はこの橋を渡って対岸まで歩いた。利根川の川幅は広く橋も大変長い。川を渡りきって対岸の土手に降り立つと、土手の道が同じように続いている。私は、このままこの土手道を次の橋まで歩くことにした。これまでずっと利根川の右岸を歩いてきたが、ここで左岸歩きに変わったわけだ。左岸から見る利根川の姿も雄大で、まるで海のようだ。

利根川左岸から下流方向を望む
利根川橋付近から眺める利根川はまるで海のようである

利根川橋の歩道スペース
自動車道路の下部に歩行者用スペースが設けられている

利根川橋
東関東自動車道の専用橋である
が、歩行者も渡れる

富田の渡し舟
対岸の学校などに通う生徒たちの大切な足になっている

富田の渡しに続く道
道の先に富田の渡しがあり、対岸の小見川町に渡ることができる

利根川を歩く4