波崎側から見た銚子の街
橋ができてからも長い間渡船が運行していたが、平成8年に廃止された

銚子大橋
昭和37年に完成した銚子と波崎を結ぶ長さ1450mの橋。川にかけられた橋としては日本有数のものだという
歩道部分がほとんどないので、歩行者にとっては恐ろしい

笹川駅〜利根川河口堰〜松岸〜銚子大橋〜銚子駅  約23Km
《オプション》 銚子駅〜利根川河口、銚子大橋を渡って対岸の波崎漁港〜利根川左岸〜利根かもめ大橋〜椎柴駅
 

利根川下流の歩き旅もいよいよ今回で河口の銚子に到達する。笹川から銚子駅までは1999年12月に歩いた。その後、今年(2006年)1月に銚子駅から河口先端まで、さらに銚子大橋を渡って対岸の波崎まで歩いた。

笹川駅から利根川河口堰まで

笹川駅から前回と同じ道を通って黒部川を渡り、利根川の土手上に出る。対岸には赤白ツートンカラーの高い煙突がたくさん見える。近くのものは神栖の工業団地、遠くのものは鹿島臨海工業地帯の煙突だ。
やがて、前方に長い水門が見えてきた。これは利根川河口堰である。この辺りでは、利根川の水量が少なくなると、銚子の河口から海水が逆流し、満潮と重なると海水は50Km入った神崎町辺りまで入ってくる。そして農業用水にまで海水が混じり、農作物の被害が広がった。そこで、この塩害防止と首都圏の増大する水の需要に応じるため、水資源開発公団により昭和46年にこの河口堰が完成した。

利根川大橋、利根川河口堰

土手の上を歩いてゆくと、まず黒部川の水門がある。黒部川はここまで利根川と並行してきたが、この水門の少し下流で利根川に合流する。この水門の少し先に、黒部川、利根川、常陸利根川を貫く長い橋が架かっている。この橋は国道356号線と124号線を結ぶ幹線道路となっており、交通量も結構多い。
この橋と一体となって利根川河口堰が設置されている。ずらりと並ぶ水門設備の様子は壮観である。これらの水門の操作をしているのは、管理事務所に設置されたコンピューターで、上流にある10ヶ所の観測所から送られてくる水量や水深ごとの塩分濃度などをコンピューターが解析し、水門の開閉をどのようにするか指示するという。

利根川河口堰閘門、常陸川水門

河口堰の中洲寄りの水門1基は閘門となっており、他の水門が閉じているときに、船を二つの水門の間に閉じ込め水位を上げ下げして船を上流に送り出すことができるようになっている。閘門の脇には魚道も設けられている。中洲の反対側には常陸利根川が流れており、利根川河口堰と同じ目的の常陸川水門が設けられている。常陸利根川はこの少し下流で利根川と合流する。

常陸川水門
この水門の主な役割は、利根川河口堰と同様に海水の逆流防止である
常陸利根川はこの少し下流で利根川と合流する

利根川河口堰閘門の様子
利根川の最も左岸寄りに設けられている。他の水門が閉じられているときに二つの閘門の間に船を閉じ込め、水位を上下することにより船の航行を可能にする設備

銚子河口、銚子大橋から銚子駅へ

常陸利根川が合流すると利根川の川幅は一気に広くなり、川というより入江の様相を呈してくる。また、この辺りからは小さな漁船の数が多くなる。歩いた時期が12月末だったので、実際に漁をしている姿は見られなかったがシジミ漁が盛んなようだ。ただし、河口堰ができたために生育環境が変化し、漁獲量は利根川全体で最盛期の10分の1以下になってしまったという。シジミというのは、塩水と上流からの真水の混ざり合うあたりが生育にちょうどよいらしく、堰ができたためにこのバランスが崩れたらしい。また、堰のためにたまったヘドロも影響しているという。いずれにしろこれだけ巨大な人工物を構築すれば自然に与える影響も大きいのだろう。

海から14Km地点辺りで、これまでずっと続いてきた川沿いの土手道がなくなってしまう。河川敷を隔てて川とほとんど同じレベルで国道が走っている。歩行者はまた車を気にしながら歩かなければならない。国道356号線をしばらく歩くと、新しい橋の建設現場に出た。この橋はこのときは工事中だったが2000年(平成12年)3月に竣工し、「利根かもめ大橋」と名づけられている。私は今年(2006年)1月にこの橋を渡った。

国道はだんだんと川辺から遠ざかり、道から川は見えなくなる。川沿いの道はこれしかないので国道をひたすら歩く。国道に並行してJR成田線が走っているので、時々駅への案内表示板が現れる。椎柴、松岸駅付近を経てようやく銚子に近づく。川辺に近づくと、さすがにこの辺は海が近いので大型の漁船が多くなる。遠くに銚子大橋が見えてきた。銚子大橋は長い橋である。渡ってみたかったが、この日は時間がなかったので下から写真を撮るだけにとどめた。冬の日は暮れるのが早い。そろそろ薄暗くなってきたので銚子駅に急いだ。

利根川の歩き旅もようやく河口の銚子まで到達した。しかし、到達したといっても河口付近の様子は見ていないので、今年(2006年)1月に再訪問した。以下はそのときの記録である。


銚子駅から銚子港へ

2006年1月8日、私は再び銚子を訪れた。銚子地方は昨日少し雪が降ったということで町はうっすらと白くなっている。東京ではまったく雪は降っておらず、銚子は東京より暖かいというイメージのあった私にはちょっと意外な気がした。
銚子駅を降りた後、まずは川の方向に歩いた。交通量の多い道をいくつか渡って川辺に出るが、ここはもう川というより海である。河口付近は長い防潮提に仕切られ、漁港となっている。漁港内にはたくさんの漁船が係留されている。漁港沿いの道を少し行くと大きな魚市場があった。まだ本格的な漁期ではないので賑わいはないが、シーズンになれば大変な活気を見せるのだろう。さらにその先には、大型船舶用の岸壁が続き、たくさんの大型漁船が停泊していた。

銚子ポートタワーからの眺望

港と船を眺めながら岸壁沿いの道を歩いてゆくと、やがて背の高い銚子ポートタワーが見えてくる。このタワーの上から利根川河口の様子を眺めようとタワーに向かった。
ポートタワーは河口の先端にあり、ここに登れば利根川河口や太平洋の雄大な景色を眺めることができる。エレベーターで展望室に昇り、まず利根川上流方向を眺める。利根川は銚子大橋付近でゆるくカーブし太平洋に注いでいる。河口付近には長い防潮堤が築かれ漁港となっている。対岸は茨城県の波崎漁港で、遠くには太平洋の鹿島灘、鹿島臨海工業地帯方面を望むことができる。

ポートタワーから河口方面を望む
河口には長い防潮堤が延び、漁港になっている。対岸は波崎漁港、遠くには鹿島灘、鹿島臨海工業地帯を望むことができる

ポートタワーから利根川上流方向を望む
銚子大橋付近でゆるくカーブし、防潮堤に囲まれた港を形成しながら太平洋に注ぎ込んでいる

銚子大橋を渡って波崎漁港、利根川河口へ

次の日は銚子大橋を渡り、対岸の波崎漁港を訪ねた。利根川河口で銚子だけの訪問では片手落ちだと思ったからである。
銚子大橋は長い橋だ。全長1450mあるという。渡りきるのに20分近くかかった。写真で見て分かるように歩道部分がほとんどないので、トラックなどが通ると恐ろしい。朝早かったので車の通行量がまだ少なかったのでよかったが。この橋は昭和37年に完成したが、それ以降も市営の渡舟が長いこと運行していた。橋を渡れば無料だが、時間はかかるし恐ろしいしで多少お金がかかっても渡船を利用する人も朝夕を中心に結構あったらしい。それでも平成8年には廃止になってしまったという。

岸壁に停泊中の大型漁船
大きな漁船は直接岸壁に横付けされている。シーズンオフのため人気もなく、のんびりとした雰囲気だ

銚子魚港風景
利根川の河口付近は、長い防潮提で仕切られた大きな漁港になっている。そこにはたくさんの漁船が係留されていた

ポートタワーを見学した後、私は海岸沿いに犬吠埼まで歩いた。太平洋のはるかな水平線を眺めた後、「地球の丸く見える丘」に登った。ここからの眺めはなんとも不思議な体験だった。そこからさらに外川漁港まで歩いて港を眺めた後、銚子電鉄に乗り銚子駅に戻る。この日は市内の旅館で1泊した。

波崎側も河口付近は防潮提で囲まれた漁港となっている。銚子と同じようにたくさんの漁船が係留されている。さらに河口の先端に向かって歩いてゆくと大型漁船専用の新波崎漁港に出た。ここはもう利根川河口というより直接外洋に開いている港だ。遠洋漁業の船が多く、付近には漁船用の製氷工場などもあり、大型漁船の港としては銚子漁港よりも大きいように思えた。

新波崎漁港風景
河口の先端部に位置する漁港。遠洋漁業の大型船が主で、付近には専用の製氷工場などもあり遠洋漁業の基地となっている

波崎漁港風景
銚子漁港と同じような風景だ。ぎっしりと漁船が係留されている

利根川左岸を利根川かもめ大橋まで

波崎漁港を後にとりあえず銚子大橋まで戻る。ここからは橋を渡らずにそのまま利根川左岸を利根かもめ大橋まで歩くことにする。銚子大橋から利根かもめ大橋までは約7Kmくらいである。利根川左岸には国道124号線が走っているが、右岸の356号線のように川辺のすぐそばを通っているわけではない。川辺には地元用の細い道が通じているので、歩きやすいし川もよく見える。
やがて遠くに白い橋脚の利根かもめ大橋が見えてくる。このあたりの川辺には高い堤防もなく、河川敷のすぐ先に川が流れている。
利根かもめ大橋は平成12年(2000年)3月竣工で、利根川では最も新しい橋である。自動車用の有料道路であるが、歩行者用の立派な歩道もついている。もちろん歩行者は無料である。
橋の真中から下流方面を眺めた。ゆるく蛇行しているので銚子大橋や海の様子は見えないが、まさに大河利根川の雄姿である。川の中央付近でシジミ漁をしているのだろうか、小さな舟がじっととまって作業をしている。利根川下流の旅のラストシーンを飾るにふさわしい光景だった。
橋を渡った後、国道356号線を銚子方向に少し戻り、JR成田線の椎柴駅に到着する。
利根かもめ大橋から利根川下流方向を望む
シジミ漁でもしているのだろうか、川の真中に小さな舟がとまって何か作業をしている。利根川下流の旅のラストシーンにふさわしい光景だった

利根川下流の旅を終わって

とりあえず取手から銚子までの利根川下流の旅が終わった。はじめにも書いたように実際に歩いたのは7年も前のことで今回歩きなおしたところも多く、利根川を改めて見直すことができた。
最近、NHKのクローズアップ現代で「砂浜が消えてゆく」という番組を見た。全国で砂浜がだんだんに消えつつあるのだという。その中に九十九里浜の例もあった。白い砂浜がだんだんと黒くなり、次第に砂浜が縮退してゆく。番組ではその原因として川の環境の変化があげられていた。川が山から砂を運び、その砂が回りまわって海岸の砂浜を形成する。現代の川は山から砂を運び海にその砂をばら撒くという機能がほとんどなくなってきたというのだ。九十九里浜の例について番組ではその具体的な原因に触れていなかったが、九十九里浜に近い大河といえば利根川しかないだろう。利根川から運ばれた大量の砂が、海流などの影響を受けて九十九里浜を形成するということは十分に想像できる。
一方、利根川は今回の旅でも見たように河口近くに巨大な人工構造物を作り、川の流れを変化させている。実は、利根川には中流域の行田市付近にも利根大堰という川を全面的にせき止める施設がある。また、最上流はダム銀座といわれるほどたくさんのダムが建設されている。これらの施設は東京都民をはじめとする首都圏の大多数の人々に命の水を供給する必要不可欠の施設である。
川に手を加えることによって、直接関係がないと思われるようなところにも長い年月がたつにつれて影響が現れ始める。先ほどのNHKの番組はそのことに警鐘を鳴らしていた。人間は生活を豊かに、便利にするために川を最大限利用することにその努力を傾けた。建設したその時点では想定しなかった負の遺産がまだ残っているかもしれない。ダムなどの恩恵を受けている現代の人々は、これらから生じるかもしれない負の遺産を早めに発見してその対応を早めに考える必要がある。これは次代の人々に対する責務でもあるだろう。

私の利根川を歩く旅はまだ全体の4分の1に達したばかりである。これからも川と人間のかかわりにも目を向けながら、歩き続けてゆきたいと思っている。 (2006.7.16 記)

                      

  


利根かもめ大橋全景
橋長1145m、2000年に完成した利根川で最も新しい橋

利根かもめ大橋
自動車用の有料道路だが、立派な歩道もついており安心して渡れる

銚子大橋上流利根川左岸の様子
この付近には堤防はなく、道のすぐ近くを川が流れている。湖のような感じだ

銚子大橋
銚子と茨城県の波崎を結ぶ長い橋である

調子漁港風景
この辺になると川というよりも海に近くなり、漁船も大小さまざまで数も多くなる

利根川を歩く6

利根川河口堰の遠景
利根川河口堰は海水の逆流を防ぐための防潮設備である

対岸の神栖市、鹿嶋市方面を望む
近くの神栖市の工業団地、遠くの鹿島臨海工業地帯の煙突が林立している
川の真中に塩分濃度などを観測する施設がたっている

利根川大橋と一体となった河口堰
利根川大橋は河口堰と一体となった橋で、交通量も結構多い

利根川大橋と利根川河口堰の全景
利根川左岸から右岸方面を望む。河口堰は昭和40年4月から6年の歳月と128億円を投じて昭和46年5月に完成した

シジミ漁の漁船
河口堰の影響で利根川全体としてはシジミの漁獲量は最盛期の10分の1以下になってしまったという

利根川右岸より上流方向を望む
常陸利根川が合流し、利根川は川幅が広くなり入江の様相を呈してくる)

新大橋全景 (2006.1撮影)
この橋は2000年3月に竣工し、「利根かもめ大橋」と名づけられた

新大橋建設工事中の様子(1999.12)
1999年12月の時点では橋と国道のバイパス工事が進行中だった

利根川べりを走る国道356号線
利根川には堤防はなくなり、川のすぐ近くを国道が走る